凶器の行方

「まだ何か私に……?」

 吉田のアパートを訪ねてきたのは、あの時の刑事だった。確か名前は三沢だった。

「令状はお持ちなんですか?」

 すると、三沢はかってにドアを押し開き、そのままずかずかと居間まで入ってきて椅子に腰掛けた。吉田はあっけにとられたように立ち尽くしている。

「いえ、今日は非番です。仕事じゃなく、プライベートでお伺いしました」

「仕事じゃないとおっしゃってもご用件は例の殺人事件のことでしょ? あなたは、まだ、私のことを疑っているんですか」

 三沢は目の前の吉田を見上げながら、笑顔を浮かべた。

「プライベートだから正直に言いますが、その通りです。私には納得がいかないんですよ。どう考えても、犯人はあなたしかいません」

 が、警察の捜査結果では、吉田が限りなく犯人に近いという疑惑だけしかない。凶器がどうしても見つからないのである。被害者は袈裟がけに斬り殺されていたのだが、凶器は刃渡りの長い鋭利な刃物、例えば日本刀のようなもの、と推測されている。疑わしきは罰せず、というのが法の基本だから、状況証拠だけではどうしようもない。

「諦めの悪い刑事さんだ。なら、現場から私がどうやって凶器を隠すことができたかを証明しなければいけませんよ。できますか?」

「そのことですが、個人的にあなたの過去の職業を調べさせていただきました」

 吉田の片眉がぴくりと釣り上がった。

「で、これはあくまでも推測に過ぎませんが……まあ、いつまでも真っ直ぐに立っていらっしゃらずに、座ったらどうですか?」

「いや、それはできません」

「座らないと、話できないよ」

「そこまでおっしゃるのなら……」

 言うが速いか、吉田は上を向いて開けた口からするすると天井に向かって何物かを吐き出した。三沢刑事はあっと叫んだが、後は凍り付いたように動けなくなった。

 非番で拳銃を所持していなかったのは、まったく三沢の迂闊だった。


「剣の丸飲み」……それは、吉田がサーカスで演技していた頃の得意技である。

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