19.屋敷編[九]

 ――某所。

「じゃあ、俺を襲った女は、本当の刑事だったのか?」

 話を聞き終えた和さんは、まず驚いた声を上げた。無理もない。警察手帳が本物かどうかわからないと言っていた和さんだったけれど、自分たちを襲う目的で部屋にやってきた女が本物の刑事である筈がないと、本当は疑っていたに違いない。

「和さんを襲った女と楠葉さんが同一人物だとしたら、彼女は本物の刑事です。他の刑事からも信頼されてる様子でした」

 北澤さんという、一部例外はあるものの。

 和さんは、ゆるゆると、俯きがちのままかぶりを振った。

「あんたはその楠葉って刑事と、一緒になって兄貴殺しの犯人を捜してたのか」

 何も言えなくなる。

 楠葉さんが大和さんを殺したのだとしたら――あたしはずっと、犯人捜しを、犯人と一緒にしていたことになる。憎い相手に心を開きかけていたことになる。

 やっぱり、都合のいい話なんてどこにも転がってはいなかった。あたしは犯人の手の上で踊らされていただけだったのだ。

「悔しいです。とても、悔しい……」

 想像を絶する悔しさに襲われた時。人は多分、叫ぶより暴れるより、見た目には冷静に振る舞えるのではないかと思った。少なくとも今のあたしはそんな状態だった。

 心が冷えている。手が震える。その指先を、きつく握り込む。

「ひどいマッチポンプだな」

 和さんが鼻をすすりながら言った。あたしみたいに涙を流したりはしないものの、彼は彼なりに悔し泣きをしていた。今も目は赤いままだ。

 胸の中に広がるこの悔しさを表す言葉が見付からなくて、唇を噛み締めるしかなかった。

「だが、楠葉はなんでそんな回りくどいことをしたんだ? 家政婦がやるならともかく、その女がそこまでする理由がわからないな」

 和さんの言うことはもっともだ。そしてこれが先に述べた、新たに浮上した疑問である。

「家政婦とは、なんらかの形で繋がってるとしか思えないですね」

 しかしその関係性が見えない。楠葉さんには一体、どんな目的があったというのか。

 ここまでは自分たちで導き出したこともあって、最後までなんとか答えを捻り出せないかと考えた。本格的に頭を悩ませ始める。

「こればかりは、考えてても仕方ないな」

 考えを中断させたのは、和さんの声だった。そう言うなり立ち上がった彼を、ただ黙って見上げる。

 和さんは動かないあたしを手で煽った。

「何してる。あんたも行くんだよ」

「行くって、どこにですか?」

 尋ねると彼は、言いにくそうに目を泳がせた後、意を決したように口を開いた。

「家政婦を、問い詰めに」



 二人で家政婦を探し始めて、階段から一番近い部屋のドアを開けた時、彼女を見付けた。黒いエプロンドレスが視界に入った瞬間、あたしは今までの恐怖心とは別の意味で体を硬直させてしまった。合わせる顔がないというのは、まさにこういう感覚なのだろう。

 ひとまずこの場は和さんに一任する。

「あんたに聞きたいことがある」

 和さんは強気に出た。彼は完全な被害者だから、家政婦に対してどんな態度を取ったとしても当然の権利だといえる。

 しかしあたしは違う。今までと立場が逆転したみたいに、彼女には強気に出られなくなってしまった。たとえこの人が、楠葉さんに大和さんを殺させたのだとしても、この人が直接手を下していない限り、どうしていいかわからなくなってしまっている。

 あたしの罪。家政婦の受けた傷。楠葉さんという異物。――ジレンマ。

 和さんの後ろに続いて部屋に踏み込んだ足が震えている。よろけてしまわないように、太ももの辺りに力を込めた。

 家政婦は手にしていた室内用の手ぼうきを置くと、相変わらずの猫背姿で和さんを見上げた。彼女に臆する様子は見られない。どこまでも『無』だった。

「写真のヒントから金庫を開けた」

 和さんは切り出した。

「あんたは、ここにいる走りさんに恨みがあった。自分の顔の傷の復讐を果たす為に、俺たちをここに閉じ込めた。……そうだな?」

 家政婦は答えない。

「だが、わからないことがある。楠葉って女は知ってるだろ、刑事の。その女とはどういう繋がりがある?」

 家政婦は答えない。

「どうして何も言わない。この屋敷にヒントを散りばめたのは、走りさんに罪の意識を持たせる為じゃないのか? だったらあんたは、全てを知って欲しいと思ってる筈だ。質問に答えろ」

 それでも何も言わない家政婦に、あたしはとうとう、黙るのをやめて声を絞り出した。

「事故のことは、本当にごめんなさい」

 そして頭を下げた。

「ちゃんと、ここを出たらちゃんと、正式に謝ります。だから、お願いします。楠葉さんが何を目的に、あなたに協力したのか、教えて下さい」

 しかし家政婦は、口を開こうともしなかった。ただ、無感動かつ無機質な目を、あたしたちに向けている。それは責められるより、なじられるよりも怖い。

 その様子に業を煮やす人物がいた。和さんだ。

「黙ってちゃ何もわからんだろうが!」

 怒る権利のある彼は、声を張り上げていた。びっくりしたのはあたしだけだった。『無』の彼女に変化は見られない。

 しかし少ししてようやく、彼女の口が開かれた。

「そこまでお調べになったのでしたら、わたしが今お答えするようなことは、何もないように存じますが……」

 その発言の直後。和さんの手が、家政婦の胸倉を捕らえた。彼女の、ずっと丸められていた背筋が伸ばされて、身長はあたしよりも高くなった。

 あたしは和さんを止めようとした。

「止めるな、あゆむ」

 ところが名前を呼ばれて、その鋭い響きに、どうにもできなくなってしまう。おたおたする訳にもいかず、結局は黙って引き下がるしかなかった。

 家政婦はというと、特に苦しそうな表情を見せることもなく、ただされるがままに虚空を見つめている。

「俺は、兄貴を殺されたんだぞ。あんたが殺させたせいで。なのに答えることはないだと? どの口が物言ってるんだ!」

 和さんの怒号が響いた。

 彼の気持ちが痛いほど伝わる。もし今、目の前に楠葉さんが現れたとしたら……あたしも同じように発言したに違いないから。

 家政婦にも、それが通じた――訳じゃないのは間違いないが、あたしたちはそこで初めて、彼女の変化を目にすることになった。あたしも和さんも、息を飲む。

 彼女が、口の両端を吊り上げていた。

「そのお考えは誤りでございます……」

「なんだと?」

「わたしは、殺させてなどおりません……」

 家政婦は言いながら、胸倉を掴む和さんの手に、彼女自身の両手を持っていった。ここからでは和さんの背中に遮られて細かいところまでは見えないが、肘を上げて、包み込んでいるように見える。

 その瞬間。和さんの横顔が強張るのが見えた。

「わたしを痛め付けて、それで気が済むのでしたらご自由にどうぞ……。しかしそうなれば、こちらも自衛の為の手段を取らせていただきます……」

 和さんの手が、ゆっくりと家政婦から離れていく。それと同時に、家政婦も和さんの手を離した。

 和さんの表情の変化を見逃さなかったあたしだけれど、何が起こったのかまではわからなかった。

「先ほども申し上げた通り、現状でわたしがお答えすることはありません……。しかし、それはあくまで現状にございます」

「どういう、意味なの?」

 もはや家政婦を見ようともしない和さんに代わって、今度はあたしが彼女に質問を投げかけた。相手の顔からは、すでに不敵な笑みは消えていた。また無感動で、無機質な彼女に戻っている。

「ヒントはまだ全て出揃っていないということです。最後までご自分の目で確認された時……どうかその時に、改めてお声がけ下さいませ……」

 家政婦はそれだけ言うと、傍らに置いていたほうきを手にして、こちらへ一歩を踏み出してきた。あたしは、思わず後退る。

 不意に、とん、と小さな音が聞こえたかと思うと、彼女はあたしたちの脇をすり抜けていた。そのまま、開け放されていたドアの隙間へと黒い姿を滑り込ませる。

 エプロンドレスの裾が、視界の外へと吸い込まれていった。

 あたしは、息を深く吐き出した。それから振り返ると、縋る思いで和さんの袖を引っ張った。

「どうしたんですか。さっき、何かされたんですか?」

 和さんは、家政婦に掴み返されたあの時から、どこか様子がおかしい。黙り込んでしまっているのもそうだけれど、顔が青褪めている。

 彼は額に滲んでいた汗を拭うと、疲れの浮かぶ目を向けてきた。

「胸倉を掴まれた時、あんたならどうする」

 返ってきたのは、唐突とも取れる質問だった。どう答えていいのか、少し考えてしまう。

「経験がないので、想像でしか答えられないですよ」

「いいから」

「多分、ですけど。とにかくびっくりして、相手の手を引き剥がそうとすると思います。指を剥がすようにするというか」

 答えながら、胸の前で引き戸を引くような動作をした。

「そうだよな」

 頷く和さん。質問の意図はまだわからない。

「あの、どういうことなんですか」

「違ったんだ、あの女は。俺の手を握り込んだ時、体重をかけてきた」

 そう言いながら、彼は自身の胸元を指さした。その指先をあたしに見せ付けるようにしている。あたしは少し迷ってから、左手で彼の白いシャツを軽く掴んだ。なんであたしが和さんの胸倉を掴まなければいけないのだろうと、疑問に思いながら。

 すると和さんは、あたしの手首を掴んで、押し返してきた。そこに捻るような動作をくわえられると――

「あ、痛い……ちょっとっ、痛いです」

 二の腕の筋が突っ張る感じがして、シャツを掴むどころではなくなった。和さんもすぐに手を離した。

「これが正しい対処法だ」

「正しい対処法? ていうか、痛いことするならするって言って下さいよ」

「あ、悪い……。だが効果的だってことはわかっただろ。あいつはそれを知ってた」

「それがどうかしたんですか?」

 確かに一般的な知識ではないかもしれないが、知っているからといって、別段おかしいとは思えずにいた。

 しかし和さんの悩みようは尋常ではない。一体、何が彼をここまで悩ませているのだろう。

「なんとなく、本当になんとなくなんだが、あいつからはやばい感じがした。どう説明すればいいのかわからんが……」

 さっきから歯切れも悪い。襲われた経緯を話している時以上の悪さだ。

「あいつは格闘技に長けてる可能性がある。……たとえば職業上、格闘技を必要とするものは何がある?」

 そう聞かれて初めて、和さんの悩んでいることが何かわかったような気がした。恐らくそれは、家政婦と、楠葉さんの繋がりに関すること。

「それは」

 答えようとして、ふと、何かが床に落ちていることに気付いた。小さいが、今までにはなかったものだ。答えるのを中断して拾い上げてみると、消しゴムだった。なんの変哲もない、細工を施された形跡もない、ごく普通のものに見える。

 そういえば、さっき家政婦が通り過ぎる際に、何か小さな音が聞こえたような気がする。これが落ちた音だろうか。あの女が落としたとしか考えられないが。偶然か、故意か。故意なら、なんの為に?

 摘まみ上げた消しゴムを、しばらく睨んでから――

「和さん。全部、わかるかもしれません」

 閃くものがあった。

 スカートのポケットから、紙切れを取り出す。紙切れとしかいえない小さなそれは、金庫の中から見付けた切り抜き。それを今度は、部屋に置かれている書き物机の上に置く。

 和さんが不思議そうにこちらを見ている。

「この記事では、運転手の名前だけ黒塗りにされてますよね」

 それだけで彼は、はっとした表情を浮かべた。

「フリクションか」

 相変わらず察しがいい。

 専用のゴムで擦ると、書いたものが消せるボールペン。普通の消しゴムでもそれなりに消せるらしい。消しゴムを見て、もう、それしか考えられなくなった。

「多分、和さんが考えてることも、これではっきりすると思います」

 この消しゴムが家政婦からの最後のヒントで、黒塗りが本当にフリクションなのだとしたら、の話だが……。

 左手で切り抜きの四隅を押さえると、息を止めて、黒塗り部分にそっと消しゴムを押し当てた。紙を破くことのないように、慎重に擦ってみる。すると……。

 あたしと、後ろから覗き込む和さん。どちらからも、驚嘆が漏れた。

「そうだったんだ……」

 どちらの発言かもわからない。もはやどちらが発言していようとどうでもいい。

 黒塗りは、ほぼ消し去られていた。その下から顔を出した真実に、あたしたちは、疲れ切った顔を見合わせた。

 しかしこれで、合点がいった。



 あたしたちは再び家政婦を探した。

 ――探すまでもなかった。彼女は、ダイニングの食卓に着いてコーヒー――恐らく、キッチンにあったインスタントの――を飲んでいた。何かを待っているような様子はまるで、あたしたちがすぐに残りのヒントを見付けることを確信しているかのようだった。

 無造作に縛られた、黒い髪。傷と隈ばかりが目立つが、よく見れば整った顔立ち。背筋を伸ばせば、あたしより少し高い背丈。

「そういうことだったんですね。全部、見付けました。……楠葉さん」

 固い声で、彼女を呼んだ。職業などではない、黒塗り部分の下から出てきた、彼女の本当の名前を。

「楠葉絢子……。五年前の事故の運転手であり、刑事でもあり、ここで家政婦に扮してるお前のことだ。さっきの約束通り、全て話して貰うからな」

 和さんも、緊張した面持ちで家政婦を見据えている。

 家政婦はコーヒーを一口啜ってから、悠然と椅子を引いた。立ち上がった姿勢は、猫背だった家政婦と同一人物だなんて思えないほど、すらりと伸びていた。

「思ったよりも早かったのね。とは言っても、わたしはこの日の為にもう五年近く費やしてる訳だけれど」

 その凛とした声、はきはきとした口調は、紛れもなく――あたしのよく知る、楠葉警部補のものだった。

「あたしのことが憎くて、それで、こんなことをしでかしたんですか」

 目の前の家政婦が、事故当時の運転手だと……あたしから見て被害者だと思っていた先ほどとは一変して、あたしは、今度は煮えたぎる感情を抑えて言った。楠葉さんはあたしの顔を見ようともしないで、軽蔑したように鼻を鳴らした。

「わかり切ったことを聞かないでちょうだい」

「この為に演技力まで身に付けて……不気味な家政婦に化けて、怯えるあたしを見て、せせら笑ってたんですね」

「それは違うわ、あゆむちゃん」

 しかしあたしの問いに心外だとでも言いたげな表情を浮かべている。何が違うというのだ?

 疑問符を浮かべるあたしに構わず、彼女は歌うように続けた。

「さて、何から話そうかしら。何から聞きたい?」

 その視線はあたしではなく、和さんに向けられている。和さんは少し迷ったような素振りを見せてから、

「あんたはどうやって、あゆむや俺たちに近付いたんだ」

 それだけ尋ねた。

「そこからなのね。いいわ、話してあげる」

 悠然とした次は傲然たる態度で、楠葉さんは順繰りに和さんからあたしへ視線を移した。

「まずは、そうね。わたしがどうして日根野大和さんを狙ったか、あゆむちゃん、わかる?」

 その発言は、あたしの神経を逆撫でするのに十分なものだった。挑発だ、乗ってはいけないとわかっていながらも、歯ぎしりをしてしまう。

「あたしへの復讐の為だって、それこそわかり切ったことを……。あたしが憎いなら、あたしだけを殺せばよかったのに。殺して、顔を切り刻めばよかったのに」

「馬鹿ね。それじゃ顔を傷付けられたことをあなたは知れないじゃない」

 なんでもないことのように言ってのけられる。

「だから、あなたに最もちかしい人を狙う必要があった」

 楠葉さんは、とうとうと語り続ける。和さんが固唾を飲む音がした。

「最初は両親を選ぶつもりだった。でも、あなたが自殺を図った原因である名前は彼らが付けたものだから、あなたが両親に強い愛着を持ってるとは考えにくかった。そこで目を付けたのが」

 あたしは、そこまで言った彼女が目を細めるのを見逃さなかった。すかさず口を挟む。

「大和さんだった訳ですか」

 しかし彼女から返ってきたのは、予想だにしない答えだった。

「いいえ、さくらさんだった」

 不意に鼻先を殴られたような気持ちになる。そこで、さくらちゃんの名前が出るなんて。

 確かにあの人がこの事件に関わっている可能性は高かった。けれど、それがどういうことなのか、全くピンとこない。

「さくらさん? それって、あゆむが俺たちに、最初に名乗った……」

 和さんが不思議そうにこちらを見ている。

 そうか、和さんはさくらちゃんのことを知らないのだった。あたしは、楠葉さんにちらりと視線を送ってから、和さんに説明した。

「本当のさくらちゃんは、あたしの幼馴染です。七歳年上の、近所に住む、男の人で」

「ん? さくらちゃん、なのにか?」

「愛称は苗字です。本名は、佐倉友護っていうんですけど……」

 子供の頃から綺麗な顔をしていたさくらちゃん。彼を初めて見た時、あたしは彼を女の子だと勘違いした。彼の同級生と思われる男の子たちが「さくら」と呼んでいるのを聞いて、真似してそう呼ぶようになったのだ。

 その後で男の子だと知った時は、それはもう顔から火が出るんじゃないかと思うほど恥ずかしかった。一桁の子供ながらに平謝りだった。しかし彼は笑って許してくれた。というより、初めから怒ってなんていない様子だった。

 まさかそのまま大人になっても、さくらちゃんと呼び続けることになるなんて、思ってもみなかったけれど。

「最初はてっきり、あゆむちゃんは佐倉さんと付き合ってるのだと思ったのよ」

 楠葉さんがそう言ったので、目を丸めて彼女に振り向いた。疑問が頭の真ん中の方から溢れ出してきて、何をどこからどう聞けばいいやら、情報の渋滞を起こしてしまう。

「だが、その佐倉さんに目を付けておいて、結局お前は兄貴に手を出してる。疑問はまだあるぞ。お前は今さっき、あゆむが自殺を図った原因が名前にあると断じた。なぜそれを知っている?」

 迷っている間に、和さんに先を越されてしまった。しかし彼の質問も、あたしの疑問の一つだった。

「聡明な割にせっかちなところもあるのね。それをこれから話すつもりよ」

 結果は、楠葉さんに冷たい視線を向けられただけだった。結局、全部話すと言った彼女の言葉を信じて、今はただ話を聞くしかないのだろう。

「どうやって近付いたのかって、あなたは質問したわね」

 まず、彼女は視線を和さんへ。

「その問いに対する答えは簡単よ、警察であるわたしには過去の事件や事故についてある程度、調べられるから。少なくとも、なんの権限も持たない民間人よりは詳しくね」

 次に、あたしへと向けた。

「あなたの名前が特殊だったのが幸いしたわ、あゆむちゃん。あなたのことはすぐに見付けられたし、自殺の理由も調べる中でわかった」

 それはぞっとするような目だった。

「当時、車道に飛び出した少女が誰であるかの目星を付けたわたしは、慎重に、あなたが属してるだろうコミュニティを調べ尽くしたわ。厚化粧で傷を隠して、休日を使って、怪しまれない程度に顔を隠して。わたしが単独行動をしていても不思議がらないような、世間慣れしてなさそうな人に狙いを付けては、聞き込みをして回った。そうしたら、あなたと仲の良い人物が一人、浮上したの。それが佐倉さんだった」

 あたしも和さんも、食い入るように彼女の顔を見つめて、次に吐き出される言葉を聞き漏らすまいと構えている。

「去年の話よ。あゆむちゃんが高校を卒業した年ね。社会人になったあなたと、男性である佐倉さんが付き合っていてもおかしくはないと考えたの。二人とも、他に異性の影が見える訳でもなかったからね」

「そこまで調べてたの……?」

 最後まで黙って話を聞くつもりだったのに、そこで思わず言葉を漏らしてしまった。彼女のどこか得意気な顔が憎らしい。自身の調査力を誇っているのだろうか。立場を悪用している癖に。

 しかし彼女のその表情も次には鋭く変化した。

「だから、行動に移すことにしたの」

 そして話は展開していった。悪い方向へ転がり落ちるかのように。

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