第14話彼女のために

 「このあま……我が高貴なる体に……傷を」


 貴族エルフは、ネフィルの首を掴んで壁に向けて投げて距離を取る。


 ネフィルの軽い体は壁に行く途中で何度もバウンドして、勢いを殺す。

 壁にぶつかった際に頭をぶつけ、頭から血が出ていた。


 「許さぬぞ……その身は微塵も残らぬと……思え!」


 貴族エルフの怒りがこれで収まるわけでない。

 詠唱を再開し、狙いをネフィルに定めている。


 まずい……痛みで身動きが取れないネフィルでは、貴族エルフの魔法を回避する事はできない。

 盗賊のリーダーに拘束されたミリヒル、距離的に一番遠い爺さんじゃ間に合わない可能性が高い。



 なら、俺がやるしかないじゃないか。



 「爺さん、ネフィルを魔法で守ってやれ!」

 「今の魔力じゃ奴の魔法は完全には防げんぞ!」


 なら、俺は彼女を身を挺してでも守らなければならない。


 「なんでも良い。少しでも彼女に当たらないようにだ」


 「……了解した。『………………』」


 盗賊のリーダーは未だに俺を踏みつけ続けている。


 足を上げた瞬間に脱出し、ネフィルの元に駆けつける。

 回復がまだ終わってない骨が、肉をえぐる。

 俺の腹は、その骨のせいで裂け内臓が幾つか飛び出していた。

 痛みで脳は限界を迎えかけている。何度も失神しかけていた。



 意識が飛びそうなのを痛みで押さえ続けていた。

 距離にしては、ほんの数メートルだが進む時間は遅く感じられる。

 俺は、来ていた上着をネフィルに被せた。

 少しでも貴族エルフの攻撃から体を守るためだ。



 「身をふせていろ!」

 「……ワタルさん……それじゃ、貴方が……」

 「お前さんを守るって言っただろうが!」

 「……っ!」



 俺はネフィルの前に立ち手を広げ、壁となった。

 この世界で体だけは丈夫になった俺が出来る内は、身を挺してこの少女を守る事だ。



 『あの子』に面影を重ねたこの少女が……危険を冒して貴族エルフの立ち向かった、その一瞬の勇気を無駄にするつもりない。



 俺にとって、この子が俺の唯一の光だ。

 何度も死んだこの体でいいなら、どんな苦痛も耐えてみせる。



 詠唱を終えた貴族エルフはこちらに手を向ける。

 手の先には半径一メートル以上の火の玉が現れ、熱風を起こし気圧を上げる。

 壁の内装は溶け、俺の肌も痛みを覚える。



「―――ファイアー・ボール!」



 ああ、わかりやすくていい。

 決して早くはない、その火の玉は俺を飲み込む。

 俺の姿で影が出来、その陰に隠れたネフィルは直撃を免れる。

 さらに、爺さんの魔法によって小さな火傷程度で済んでいた。無事でなりよりだ。



 直撃を受けた俺の肌は溶け、筋肉部分を露出している。だが、すぐさま回復する。



 「……なんだ……その回復能力は……」



 貴族エルフの言葉は無視だ。



 「ネフィル……大丈夫か?」

 「……私は大丈夫です……でも、ワタルさんが」

 「俺は見てとおり……」



 回復した肌と溶けた肌が混在する体を見せる。



 「お前さん、ありがとうな。貴族エルフをいきなり刺し始めたからビックリしたぜ。……なんでこんな無茶をした?」



 体液で濡れた手で傷口に触れないようにネフィルの頭をなでる。

 これで、不安もマシになればいい。

 だって彼女、今にでも泣きそうな顔をしているんだもん。



 「……魔法陣の解除にあのエルフの血が必要だったんです」



 握られた手には、俺が護身用に渡したナイフが握られていた。



 「そんなので、よくあの防御魔法を突破できたな。なにか仕掛けがあるのか?」

 「仕掛けは……何もありません。あの防御魔法は魔力の有る物質に反応します。貴方の持っていたナイフには魔力がありません」



 魔法の無い世界で生まれたものだから魔力がないのも納得する。



 「防御魔法だけではありません、一部の神秘性魔法も工学的魔法も魔力の有る物質に反応して特性を表します。ですから、魔力の無い貴方のナイフは防御魔法を貫通すると思ったんです」



 服から落ちた俺の液晶タブレットを見てわかった。

 この世界の魔法は魔力がどの物質にもある事が前提に作られている。

 魔力が無いことは、元から考えられていなかったのだ。

 静電気を使ってタッチ機能を有するスマホは、静電気を持たない人間がいない前提で作られる。



 だから、盗賊は俺に拘束魔法が使えず、俺は扉も開けられない、爺さんの援護魔法も俺の体に付加できないのだ。


 先のファイアー・ボールも盗賊の服は焦げているが、俺の肌は溶けている。

 ファイアー・ボールの燃焼と言う特性は魔力の無い俺には効かないが、それで起こる熱は俺に効いたという訳か。

 魔法に適応できない俺が持った魔法に抵抗できる一つの手段。


 「あと少しで魔力抑制魔法を解除出来ます」

 「ああ、もう少しの辛抱だ」


 俺は、貴族エルフの方に向き直る。


 「……くっ、忌々しい……次で確実に仕留めてやる」

 「お前さん……さっき俺にも同じこと言っていただろ」


 溶けた肌が回復し、頭が蒸れる。

 頭に気持ち悪さを感じたので、黒こげのバンダナを取り去った。

 髪への差別?今はどうでも良い……この不快感を取り払いたい。


 「貴様……まさか黒髪の種族なのか……」


 また、この反応か。本日何回目だよ。

 貴族エルフだけでなく、爺さんやミリヒルも驚きの顔を隠せていない。


 「あああああああ!汚らわしい!……黒髪の種族と高貴なる我が同じ空気を吸っていあたと考えると……劣種!劣種!劣種!」


 いい加減の貴族エルフの反応にもイライラしてきたな。



 「髪の色で人の価値を下に見るのは、やめろ……俺は黒髪だろうが何だろうが、魔力がなかろうが、全て守ってやる。なんなら愛してやってもいい。そんな些細な違いを気にするようならお前さんの器もその程度だって事だ!」



 「黙れ、劣種!……黒髪は存在が悪!汚らわしい悪魔の子だ!一匹残らず駆逐してやる」



 貴族エルフの目は俺の顔を睨み続けていた。

 だが、こっちにはキーカードがある。



 「……ああ先の魔法以上の苦しみを与えなければ……黒髪の種族は絶対に……ん?」


 貴族エルフは異変に気付いたのか、視線をネフィルに向ける。


 「……娘……まさか貴様の持っている魔法陣は!」

 「はい、魔力抑止魔法の魔法陣です」

 「先ほど我を刺したのはまさか……我の血を取るために……」



 ご名答さま。

 貴族エルフと盗賊のリーダーの顔が青ざめていくのがわかる。

 貴族エルフ達の最強兵器が今まさに突破されそうになっているのだ。

 今まで俺が味わった絶望以上の絶望が貴族エルフに振りかかっているのだろう。



 「やめろ……その魔法陣に手を触れるな!」

 「いやです……もとは私が作成したものを教授と貴方が勝手に奪ったものです。解除するのは私の義務ですから」



 「や、やめろおおおおおおおおおおおおおお!」



 貴族エルフの悲惨な叫びが部屋中に響きわたる。

 貴族エルフがネフィルに近づくが、その途中で彼女の持ったナイフが魔法陣の描かれた羊皮紙を貫いた。



 彼女を中心に魔法陣の光が俺たちの見えない範囲まで拡大する。

 限界まで達したのだろうか、中心部分から光が崩壊をはじめる。



 これで魔法陣の解除は完了したのだろう。


 「くそ、我の偉大な作戦が……このような黒髪の種族と娘に妨害されるとは……屈辱!ぶっ殺してや……っ!」


 貴族エルフが俺たちの方に魔法を放とうとした瞬間だ、



「―――ドレーン・ウェル・ライトニング!」



―――サンッ!―――



 巨大な光線が貴族エルフともども貫き、先の見えない洞窟を作っていた。

 さきのファイアー・ボールなど比較できない程の魔法である事はわかる。

 その魔法を放ったのは他でもない、魔道士カールイだった。


 薄汚いローブを脱ぎさり、黒を基本とした法衣姿に変わっていた。


 法衣はいあたる箇所が、規則的に光っている。


 その姿は、どこか神々しく、しかし反逆的でもある。

 魔道士って感じがして、異世界の風を感じた。


 「魔法陣解除、ご苦労であった。何も出来ずにすまなかった」

 「お前さん、どこからそんな力が……」

 「魔力抑制魔法の適応下だと、力がうまく出せなくての……中級魔法が限度じゃったのじゃ」

 「流石、魔道士カールイさんです。上級魔法を無詠唱で発動するなんて」


 ネフィルは目を輝かせて、爺さんを絶賛している。

 俺は、その場で尻もちをついていた。

 魔法がここまで恐ろしいものだったなんて。強大な力の前に全身の力が入らない。


 「無詠唱ではないとさっき言ったじゃろ……まぁ、よいミリヒルの方も片付いたか?」

 「ええ……こっちは大丈夫よ」


 ミリヒルの方を見ると、今まで彼女を握っていた盗賊のリーダーの体はバラバラの状態で絶命していた。


 魔力を取り戻した、彼女の拳の強さがを実感する。

はじめて会った時に、魔力抑制魔法が有ってよかった。

 もし無かったら、俺があの姿になっていただろう。

 今、玉が縮こまった。



 「しかし、お主らはさっさと脱出した方がよい」

 「そうね、早くこんな男くさい部屋から出たいわ」

 「あのエルフはまだ生きている。始末は、儂がつけておくから、ミリヒルはワタルとネフィルを連れてゆけ」

 「は~私がこの役立たず共の世話をしないといけないの」



 返す言葉もありません。



 「ネフィル……あんた頭切っているわね、大丈夫かしら?」

 「はい、自分の回復魔法でどうにかなります」

 「綺麗に傷が治っていくわね。ほんと大したものだわ。でも、傷跡は残りそう」

 「構いません……回復魔法にも限界はありますし」



 ネフィルも魔力を取り戻したら、きっとすごいんだろうな。

 魔法が使えないとこれから先、俺は浮きそうだ。


 「念のためにネフィルはおぶってあげるわ」


 そう言ってミリヒルはネフィルを背中に担ぐ。


 「ミリヒルさん……俺もおぶって貰えると助かるんですけど?」

 「は?……なんで私があんたなんかを……」

 「さっきの光線で驚いて腰が抜けてしまって」


 相変わらずの辛辣ぶり、どこか癖になりそう。


 「……はぁ、仕方ないわね」


 でも、やっぱりこのハイエルフ優しいよな。


 しかし、彼女の視線が俺を避けるのは何故だろうか?どこか顔も赤い。


 ああ……服が焼かれて前だけが完全に見えている状態だ。そりゃ、目を逸らすよな。

 こんな美少女にイチモツ見せつけるって、どこか興奮する。



 「……でも、背中はネフィルが使っているから、あんたはこれで十分よ!」

 「……ミリヒルさん!髪の毛を掴むの、やめてもらえます?抜ける!……抜けちゃう!禿ちゃいうよ!」

 「仕方ないでしょ、服が無くなって、掴む部分が無くなったんだから……この禿!」

 「まだ禿じゃないですぅ!……本当に禿るって!」

 「ワタルさんの回復能力なら大丈夫ですよ」



 俺はミリヒルに引きずられながら、爺さんと貴族エルフの魔法戦闘を眺めていた。


 これが魔法のある異世界。


 全てを無くした元の世界よりも、出会いや困難が待ち受けると思うと内なる小さな自分すら心躍ってしまう。


 緊張の糸が切れてしまい、もっと目の前の世界に干渉したいと思っても瞼が重くて意識が薄なっていく。


 これから……この世界との『対話』に期待する。


 

 プロローグ・完

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