第4話契約
俺の血抜きが終わった直後に戻る。
俺が血を抜かれてから体が異常に軽く感じる。
体内の数キロの血液が短時間で無くなったのだ、自身の質量の変化も顕著に感じた。
壁にぶつかるときに大した衝撃も感じない。
血がないというのに体の張りが保たれているのはなぜだろうか?怪奇である。
だが、エルフや牛男達のいる中で自分の体の変化は些細なものに感じる。
「エルフの里を襲ってから俺たちの扱いが雑すぎませんかね」
ああ、解体現場がお楽しみ現場に変わろうとしている。
盗賊が捕虜として捕らえた人間に何もしないわけがない。
それも、こんな美人で若いエルフを目の前にして性欲を押さえろっていう方が悪党の
……
若い男の血走った眼は、見たことがある。
というより過去に類似事件に遭遇し得ている。
『あの男』が『あの子』にした事……拘束した俺の目の前で生き生きと……し始めた。
穴という穴を全て弄び、仕舞いには共犯の男どもに遊ばれて俺の目の前で首を絞めて殺した。
十年近く経った今でも鮮明に覚えている。『あの子』の叫び、苦しみ、訴えを残して死んでいった事を。
『あの男』は『あの子』に恨みなんてなく、ただの道楽で辱め殺した事。
罪は深い闇に消していこうとした事が許せなかった。
俺は一生を捨てて、恨みを晴らそうと決めた事を覚えている。
目の前のエルフ兄妹を気に掛ける必要はないはずなのに。
なぜか死ねない俺はこの世界で生きる中でこんなシコリ残したくない、内なる自分が微動し続ける。
「……やめてください……やめてください……」
ただ同じ事を小さな声で訴える事しかできない、隣の小さな少女にはこの光景は残酷なものでしかないな。
「なあ、お前さん……」
「……えっ?」
俺の声に気づいた少女はこちらをゆっくり向く。
これまでの経緯を推測するだけでも、この年頃の少女には酷すぎる状況でさえ顔の血色はよく、多少の疲労を感じさせるだけだった。
若いって良いな。俺も老けては無いけど……むしろ今の方が調子が良い。
「なっ……なんで生きているんですかっ!」
「ああ……少し声おさえてくれない?気づかれる」
「……わかりました……」
少女の興奮を多少抑えさせる。
ちらっと奥を見ると、興奮状態の牛男達はこっちに気づいていない。理性と本能がせめぎあっているんだな。
「……生きているなら、早く治療をしないと……でも、手足も拘束されていて」
「あぁ、大丈夫。首の傷も塞がってて、元気なんだよな。お前さん、今は魔法が使えるのか?」
「いえ、今は魔力が抑えられていて、軽い傷を治す程度しか……」
それでも俺の身を案じて少しでも治療をしようとしてくれたのか……。
手足の光は拘束魔法のものだろう。
しかし、なぜ盗賊は俺に施さないのだろうか?
この世界の人間のカーストってその程度なのか?
なんにせよ、体の制限を他の者より緩いことは分かった。
「お前さん、歳と名前は?」
「……」
疑いの目を隠さず、向けてくる。
そりゃ、全裸の死に損ないには適当な対応だ。
まず自己紹介からだ。コミュニケーションの基本中の基本。
「俺は、
「……見た目よりやけに若いですね……」
最期に鏡をみた時は年相応の醤油顔だった筈だが。
あの牛男達が打った薬のせいなのか?
髭や手足の無駄毛も薄くなっている。
「……私は、半妖精族のネフィルといいます。歳は十七です……」
十七か……『あの子』が生きていたらそれ位の年ぐらいかな……このままいくとこの子も犯されるよな。
俺は内なる小さな自分には勝てない。
あれだけ恨んでいたあの男を前にしてもそうだったんだ。
鬼なれなかった虚しさが再度湧き上がってくる。
この虚しさのままこの世界を生きていくのは難しそうだ。
「ネフィル……お前さんにとってあの二人は大事な人か」
「……勿論です!……今何もできない自分が悔しくて……」
幾度となく泣いたのだろう目の周りは赤くにじんでいた。
こんな子に泣いてもらえるなんて……羨ましい。
だから何もない俺は、この子が欲しくなってしまった。
「なら助けてやる」
「……っ!本当ですか⁉」
「そのかわり契約をしよう」
「……契約……何を……」
内なる小さな自分だけを抱え、何もないままで生きていく程に俺は強くない。
だから、醜い人間を出す必要があった。
「お前さんの全てをよこせ」
まるで、悪魔……悪魔でもここまで抽象的な要求は無いかもな。
「全て……私にそんな価値があるとは思えませんが」
「亡命した俺は、こっちの国じゃ何も無いからな」
この世界の文字も名前も知らない俺には、まず知識が必要だ。
彼女の格好を見てみると、そこそこのものだ。
言動からも最低限の教養を感じる。
生きていくにも十分だろう。
「どうする……?」
最高に最低な笑みを浮かべ再確認する。
今の状況から彼女の思考時間はあまり長くない。
「わかりました……私であの二人を助けて頂けるなら……」
「言質は取った。あとで泣いても戻れないからな……」
「ええ……言理の半妖精族に偽りはありません」
そう言い切った彼女の服に隠れた部分が多少光る。ポケットにしまったスマホの明かりのような頼りない光であったが。
「契約成立……必ず、あの二人を助けてやるよ」
手足の拘束を体に仕込んだナイフで解除して立ち上がる。
力強く言う俺の姿を映した彼女の瞳には涙が溜まっていた。
つづく
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