第5話とんとんとん

 「まずは、あの男のポケットにある正方形の紙を破ってください」

 

 拘束魔法の解除方法なのだろうか、魔法の事について素人な俺は、それをまず目指す。


 「おい……兄貴……」

 「なんだ、さっさとぶち込んじまうぜ」

 「あいつが、あいつが……生きてます……」

 「……はぁ?……っ!」

 


 俺の存在にいち早く気づいた若い男の手は震え、掴んでいたエルフの女の腰を離してしまう。


 エルフの女の服装は乱れ、混じりっ気のない白い肌は互いの男性の性欲を鼓舞するに十分だ。


 半裸状態がたまらない。

 血が抜かれた体で勃起ってするのか?

 今はやめておこう。



 すこし、ネフィルと話しすぎた。

 エルフの男の処女も無事の用だ。

 もう少しで解体室は集団お楽しみ現場になっていた。

 そんな現場は金輪際見たくはない。



 「おまえ、適当な仕事しやがったな」

 「そんな、兄貴だって血が出ているところ見てたでしょう!」

 「っち、今度は俺がやる……やっぱり、黒髪の種族は気味が悪い」



 また出た……黒髪はこの世界じゃ肌差別同じなのだろうか?

 もし俺がここを脱出できても奴隷になりそうだ。



 ネフィルに被害が出ないように、俺は彼女から数メートル離れとまる。

 それに合わせて、兄貴と呼ばれた男もにじり寄ってくる。



 左手には刃渡り三十センチ程度のナイフが握られている。

 どちらかというと鉈に近い。

 


 「さっさと死ね!この死にぞこない」



 俺も死にたいよ。

 

 この牛男達は盗賊であるが、殺しの素人だ。

 ナイフを振るにしては、不必要な程に振り上げすぎている。


 目線は俺の頭を見て軌跡も読みやすい。

 俺は最低限の動作で避け間合いを一気に詰める。


 相手の筋肉量や牛……というより猪に近い皮膚は殴っても意味は無いだろう。

 一撃で倒せるとも思えない。


 なら、甚振るしかない。


 「ぎゃぁああああああああああああああ!」


 一番柔らかい露出した場所……左目にナイフを突き刺す。

 突き刺した後は捻ってえぐる。

 柔らかい内の肉の感触が手のうち全体に広がる。

 男の生を感じる。


 ナイフを引き抜いたあと、兄貴と呼ばれた男は左手で目を押さえ、ナイフを乱暴に振り回していた。

 普通にそれを受けたら、人間の腕など一瞬でさよならだ。

 

 突然視界の半分を失って正常な行動はできない。

 失った半分の視界を補うにはそれだけのリハビリは必要なのだ。

 つまり、左は隙だらけだった。



 死に体の左から簡単に押し倒す事が出来た。

 倒れた衝撃に置かれていた、器具や人体の一部が散らばる。

 だが、休ませる暇はない。落ちていた取っ手の長い玄翁で残った右目を潰していく。



 「何も見えねえ!真っ暗だ!やめてくれ……おい、助けてくれ」

 「話し過ぎたら、舌噛むぞ……いや噛ませてやる」


 下あごに無理やり玄翁を叩きこむ。

 顎の骨の砕ける振動が伝わる。



 とんとんとん



 「拘束魔法の紙はどこだ?」

 

 玄翁を肌で感じさせる為、兄貴と呼ばれた男の肌を優しくなでる。


 「右のポケットに……にある。だから……殺さないでくれ」


 もう一度顎を殴る。さっきの威勢はどこに行った?情けない。

 脳が揺れ、意識が希薄になった兄貴と呼ばれた男のポケットから指定された紙を取り出す。破る。

 念のため四分の一にした。



 そうすると、エルフ達の手足の光は失われていく。

 便利な魔法だな……この利便性にかまけて縄の拘束術を会得してなかったのだろう。

 魔法が便利で原始的な方法は必要ないのだろう。



 下を見ると、まだ震える男が動こうとした。

 何かされても困るから、さらに玄翁で叩きつける。

 まるで、ゴムを殴るような弾力を壊すために力が籠る。

 だが、この男だけが敵じゃない。

 

 「やめろ、この女を殺すぞ……!」


 兄貴と呼ばれていた男が痛めつけられているのを眺めている事しかできなかった若い男がようやく動いた。

  

 俺の首を切った時に手が震えていたし、俺を脅すほどの勇気はないと思っていたのだが……いや、手に握られナイフのエッジが首元に触れ震えている。

 そのことに気づかないぐらいには混乱しているのだろう。



 どうする?人質を取っているが、殺るべきだろうか?

 まずは、最高の笑みをプレゼントしよう。



 「なんだよ……見んじゃねんよ。その笑いもやめろ……きもいんだよ……」

 「俺に敵対するならそれ相応の覚悟を決めな……」



 足元にあった瓶に指をつっむと弱めであるが泡をたてている。

 瓶を投げ、若い男の額に瓶が当たるが割れない。

 しかし、瓶の中の液体は若い男の顔全体を覆うように広がり目に入っる。



 「ぎゃぁああああああああ、目が痛い、しみる!」



 肌を焼かない程度の酸度だが目に入れば苦痛は免れない。

 悶絶し、またエルフの女を手放してしまう。首切られないか、ヒヤッとしたぞ。

 

 だが、このエルフの女が若い男のコメカミを握り壁に頭を打ち付けていた。


 さっきから何もできないエルフの男より幾分格闘的ですね。

 女はいつでも男より強し。



 「お前ら、端に寄ってろ」

 「黒髪の人間が指図しないで!」



 このエルフも黒髪差別ですか……。

 それでも、指示を聞いてくれるあたり、冷静ではあるようだ。


 目の前の兄貴と呼ばれた男は意識を完全に失っている。殺してもいいが、先に若い男を潰してしまおう。

 

 若い男の襟首を掴みネフィル達とは対となる壁の端に引きずる。

 抵抗する手を玄翁で薙ぎ払う。


 戦意喪失しているのか、これ以上の抵抗も見られず、助け乞うだけだった。



 「なあ、頼むよ……さっきの事は謝る。だから見逃してくれ」

 「彼女たちの苦しみはそんなものじゃないかもな」



 弱酸で焼かれた目は充血しているが、失明はしていないようだ。俺の視線を避ける。


 「わかった……お頭に頼んで、お前たちを逃がすから」

 「こんな、下の作業させられている奴にできるのか?」


 若い男の震えは更に激しくなる。

 その戦慄が俺に生を与える。


 「なら、逃げ道はどこだ?」


 その言葉に若い男の顔は少し和らいだ。希望を持った顔だ。


 「それなら西と東に一本ずつある!部屋を右に曲がっていけば適当に行ってもどちらかにつく!」


 若い男は必死だった。自分の命がどれだけ可愛いのだろうか見て取れる。


 「ありがとよ……」

 「ああ!なら……」


 ゴスンッ!


 「……ああああああああああああああああ!なんで?なんで、逃げ道を……お、教えたじゃねえか!」


 突然の耳右の激痛に顔を歪め、拳を振り回す。

 死への抵抗。



 「黙れ……」



 冷徹に胸の筋肉の張らない部位を刺す。

 数秒後に痛みに耐えながらも、声を押さえる。

 再度同じ痛みは味わいたくないようだ。


 「お前が勝手に教えただけだろう」

 「そんな……お前は鬼か悪魔かよ……」

 「成り損ないだよ……」


 この男には、向こうで寝ている男とは違った苦痛を与えたい。


 「なぁ……」

 「……なんだよっ」

 「音のない世界の方が光の無い世界よりも孤独感は強くなるらしいな」

 「まさか……お前」



 俺の笑みを見た瞬間に潰れていない方の耳を隠す。



 「そのまさかだよ……」

 「やめてくれ……痛いのは嫌だ……っ!」


 俺の笑みが若い男の生を奪う。

 振り下ろす玄翁の音が生を感じさせてくれる。


 

 とんとんとん



 『あの男』を殺す事でしか、生きる意味を見いだせなかった俺は新しい世界でどうすればいい?


 『あの子』の面影を感じてしまったネフィルが欲しくて……だから、彼女のために生を感じてもいいじゃないか?


 だから、彼女を守るために玄翁を打ち付ける。


 

 とんとんとん



 この男たちが彼女に与えた苦痛を少しでも感じさせるため。

 振動が、筋肉の震えがこの世界に転生した実感を与えてくれる。

 嗚呼、狂っている。

 内なる小さな自分よ、もう少し黙っていてくれ。



 とんとんとん

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