第43話 世界の中心で先輩と叫んだ後輩

 「いやー、ずいぶん、楽しんできたみたいでよかったっすね」

 

 ハワイから戻って数日後、美咲のところに、お土産を渡すために来ていた。

 「ああ。……おかげさまで。ほら、これリストのやつ」

 紙袋に、アラモアナで買った美咲のお土産がずっしりと入っていた。

 「おお!!ありがとうございます!!マジで嬉しい!いや、やっぱり、持つべきものは、優良なお客さん!!」

 「なんじゃそら。……いや、感謝するのは俺のほうだよ。本当にありがとうな」

 「すっきりした顔して……。そんで、あっちで、いいことしてきたんでしょ?」

 美咲はゲスい顔で聞いてくる。

 「なんっつーゲスい顔してんだ、おのれは。……ご想像におまかせします」

 正直に言えば、やっぱり、ハワイでは最後までやることはできなかった。

 まあ、本番以外のことは、それなりには、やった。

 ということで、許してもらえるだろうか。

 

 「ほっほー。そっちはそっちでうまくいったと」

 「いや……。まあ、いいじゃないか。はっはっは」

 とりあえず、誤魔化すしかない。

 「ふーん。まあ、いいっすけど。もうあっちの届は出したんすか?」

 「いや、まだ」

 「……まだ!?なんで?」

 そう、まだ俺は離婚届を出してはいない。

 けれど、もう、準備はできている。

 「明日でさ、結婚4年目なんだ。……区切りっていうか。まあ、意味なんてないんだけど」

 「そうすか。……まあ、いいんじゃないすか。それも三寿さんらしいっつうか」

 美咲は少しあきれたように、そして少しうれしそうに言った。

 「結婚式やるときは、招待状送るからさ。来てくれよ」

 「まー。めちゃめちゃ仕事が忙しくなかったら、行ってやってもいいっすよ?」

 美咲は笑いながらそう言った。

 「はは。お前らしーな。ま、それでいいから、よろしくな」

 

 美咲のところからドアを開け、階段を上っていく。

 上り切ろうとした時、ドアが開く音がした。

 振り向くと、美咲がいた。


 「三寿さん!」

 「ん?どうした。忘れ物?」

 「人間なんてねー。失敗するのが当然なんすよ!だから、今度は絶対、失敗しないようになんて思わないでくださいね?失敗して、それを乗り越えてくのが、夫婦なんじゃないっすか?」

 「……うん。そうだな」

 本当に美咲の言う通りだと思う。

 人間なんて、絶対に失敗する。

 失敗しても、失敗しても、それを大切な人とのり超えて行けば、それは最終的には、失敗じゃなくなっているのだ。

 「前から思ってたけど、すっげーいいこと言うよな、美咲って!」

 と、俺は答えた。

 「くっ。はずっ。はー、なんで、私がこんなこと言わなきゃなんないんすか。三寿さんには、なんか言いたくなっちゃうんだよな」

 美咲は恥ずかしそうに、後悔した。

 「いや、ありがとう。うん。また、失敗するよ。そんで、一緒に乗り越える。これから、ずっと」

 「はい。それでいいと思いますよ」

 

 階段を上りきると、そこには小石川が待っていた。

 「せんぱーい。遅いですよー。何してんですかー?」

 いつもと変わらない笑顔。

 この笑顔をずっと守っていきたい。

 そして、俺もこいつと笑顔で生きていきたい。


 「……それにしても」

 歩いていると、小石川は不満そうに言う。

 「いつまで、先輩のこと先輩って呼べばいいんですか?」

 「別に、どう呼んだっていいよ」

 「じゃあ、呼び捨てにしますね」

 「おお」

 「先輩もそうしてください」

 「わかった」

 「じゃあ、行きますよ」

 「おう」

 「内蔵助」

 「梓」

 呼んだ瞬間に、二人が思ったことは同じようだった。

 思った以上に、呼びづらい。

 一度、定着した呼び名を変えるのは難しいのだ。


 「……やっぱり、当分、「先輩」でもいいですか?」

 赤い顔をした小石川がそう言った。

 「そうだな……」

 まだまだ、俺たちは、「先輩」と「後輩」の関係が続きそうである。  

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