第42話 初めての夜

 疲れ果てて、風呂に入った瞬間に俺はばたっとベッドに倒れた。

 もう、一生分のパワーを使い切った気がした。

 朝まで絶対に目覚めることはない、と思っていたのだが、「先輩」という声でぱっと目が覚める。

 

 「何?」

 正直、全く頭は働いていなかった。

 部屋は暗く、隣のベッドには小石川がいた。

 そして、こちらを見ていた。

 「……奥様とはもうお話すんだっていうことは」

 「うん」

 「もう、あれですよね?」

 「……あれ?」

 「もう、ヤレますよね」

 だから、男子高校生か。

 しかし、小石川だって、考えてみれば、まだ18歳である。

 ……女性にも性欲があるというが。

 やはり、若い方が強いのだろうか、などと冷静に分析してしまうくらいには、俺には全く気力がなかった。

 「……うん。うん。うん。でも、さ。ほら、離婚届まだ、出してないし……」

 「私、ずっと我慢してます」

 ……やっぱりか。

 だとすると、それはかわいそうだという気持ちはあった。

 「……うん」

 「昨日もすごく我慢してました」

 「うん。……まあ、俺もだけど」

 昨日は、確かに今日ほど疲れてはいなかったし、風呂上りの小石川は、まさに目の毒であった。無理やり寝ようとしても、なかなか寝付けず、羊を1万匹以上数えてようやく寝たのだ。

 「もう、いいと思います」

 「……うーん。でもなあ」

 「奥様に言われたんですよね」

 「え?」

 「幸せにしないと許さないって」

 「……え。ああ」

 「ここでしてくれなきゃ、私、幸せになれないです」

 「……えええ」

 その話をここで持ち出してくるか……。

 なかなかの取引上手である。

 などと、感心している場合ではない。

 「幸せにしてほしいな」

 その言い方、はっきり言おう。

 かわいい。

 

 「……わかった」

 俺は、布団から出て立ち上がる。

「え」

 「わかったよ……。やろう」

 そして、上着を脱ぎ始めた。


 「……ちょっと、その、心の準備が」

 いやいやいや。どうゆうこと?

 「お前から言ったんじゃん!」

 さすがにツッコまざるを得なかった。

 「いや、なんか、いざ、本当にやるとなると、そこは慎重になるというか……」

 小石川は急に、布団の中に隠れようとした。

 ……どうにもおかしいな、と俺は思う。

 しかし、今まで、俺はもしかすると最大の思い違いをしていたのではないか、ということに気がつく。

 そうだ。

 あまりにも、いつも積極的だから、当然、経験済みだと思い込んでいた。

 しかし、そんなことを、小石川の口から聞いたわけではないのだ。


 「……お前……まさか、しょ……」


 「ちょっと、ストップ!そのワード禁止です」

 小石川は慌てて、俺の言葉を遮る。

 はい、決定。

 俺は、全てのやる気をなくし、上着をまた着た。

 「マジかよ……。寝よう」

 「ええ!ちょっと、なんでそうなるんですか」

 「……うまくいくはずがない」

 「はい?」

 「ウマクイクハズガナイノデ、キョウハヤメヨウ」

 「なんで、片言!?」

 「聞いてないぞ!初めてなんて!」

 逆ギレだった。

 しかし、俺が怒るのも無理はない。

 ……無理はないはずだ。

 「なんで逆ギレ?お、男の人はそういうの、嬉しいってネットに書いてありましたけど?」

 そんなんありがたがる奴って。いや、ここでは言及を避けよう。

 「いやいや、それは、おかしい。……だって、絶対にうまくいかねえもん」

 「何ですねるんですか……。絶対ってことないですよ。わかんないじゃないですか!」

 いやいやいや。

 わかるよ。わかる。俺には未来が見える。

 女性経験の少ない俺でも、それくらいのことはわかるのである。

 「……こええ。マジか……。やっぱ、日本戻ってからにしない?俺もいろいろ勉強するからさ」

 「な、なにを勉強する気ですか!?怖い!!」

 いやいや、変な勉強じゃないですよ?

 「いや、その初めての時って、いろいろ気をつかわなきゃいけないし……。いやー、絶対に今日はやめたほうがいいと思うぞ?」

 「いや!絶対に、今日やる!」

 ビビってるくせに、何言ってるんだ、こいつは。

 しかし……。

 「……痛かったら、すぐやめるからな」

 「……はい。絶対に痛くないから大丈夫です」

 どゆこと?

 「じゃあ、とりあえず服脱ごうか?」

 まずは、そこからである。

 「……恥ずかしい」

 えーっと。

 「……脱がせて?」

 急に眠気がとんだ俺であった。

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