第41話 世界の終わりと世界の始まり

 「……ごめんね。長々と」

 春香は、そう言って、話すことをやめた。

 「いや……。その、ありがとう」

 「え。何が?」

 「その、話してくれて」

 俺は、春香の口から、例えどんな内容であっても、話を聞きたかったのだ。

 そして、それは今、春香のおかげで達成された。

 「うん。でも、お礼を言うのは、私の方。なんか、こんなこと言うのもあれだけど。スッキリした。こんなこと、だって、あなた以外に言えないもの」

 春香は、憑き物がとれたような笑顔で、そう言った。

 「はは。そりゃ、そうだ」

 「……私のこと恨んでるでしょ」

 「それは……」

 「当然よ。それだけのことしたんだもの。……本当にごめんなさい」

 春香は、また頭を下げた。

 「謝っても、謝っても許してはもらえないっていうのはわかってるけど」

 「やめてくれよ。……俺、今の話聞いてて、やっぱり俺が悪かったんだって思ったんだ」

 「違うわ!どうしてそうなるの?」

 春香は、顔を上げて大きな声を出した。

 「あなたが、悪いわけないじゃない!」

 「そんなことないって。……だってさ」

 春香は、涙を流していた。

「そんなにお前が苦しんでたなんて、俺、これっぽっちも気がつかなかったんだ。……いや、気がつかないフリしてたのかもな」

 「……あなた」

 「そのことを知っちゃったら、俺が傷つくかもしれないから。だから、気がつかないフリして、幸せな夫婦を演じ続けたかったのかもしれない。……だからさ。俺も同罪なんだ」

 「そんな、わけ、ないじゃない」

 「夫婦だろ。……だって、式の時、誓っただろ。ここで、二人で。「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ」ってさ」

 「……うん」

「誓い、やぶっちゃって、ごめんな」

 「……バカ。なんで、最後まで優しいのよ」

 「ごめん」

 「……私、あなたと結婚して、よかった」

 「……俺も春香と結婚できて幸せだった」

 しばらく、俺たちは、そこで声にもならない声で泣いていた。


 「おっそーい!!」

 レストランに戻ると、待ちくたびれた小石川に怒られた。

 「ごめん」

 「……先輩、大丈夫ですか?」

 小石川は心配そうに俺を見た。

 「ん。なんで?」

 「……目、赤いです」

 多分、一生分くらい涙が出たような気がした。

 もう、これ以上は出ないっていうくらいの量が。

 「え?そうか?まあ、大丈夫だ。多分」

 「奥様は?」

 「あ、帰った」

 「帰った?」

 春香は、「こんな顔じゃ、もう戻れないから」と言って、そのまま帰っていった。

 去り際に肝心なことも言っておいた。

 春香は苦笑して、「今度は逃げられないようにね」と冗談っぽく笑った。

 その笑顔が一番の救いだった。

 「うん。まあ、俺の用事は終わったからな」

 「……そうなんですか」

 「うん。言ったよ」

 「何をですか?」

 「お前と結婚するって」

 一瞬、小石川は固まった。

 「……えええ?」

 「あ、ダメだった?」

 「いや、ダメじゃない、ですけど」

 「幸せになんなきゃ許さないってさ」

 それは、小石川にも、俺にも向けられた言葉だった。

 「……はい」

 「はーっ。すっきりした。じゃ、帰るか」

 「はいっ!って、まだ旅行は明日もありますからね!」

 そういえば……。

 あまりにも長い一日だったから、まだ旅行が続くということをすっかり忘れていた。

 「お、おう」

 「まだ、アラモアナで買い物してません!」

 アラモアナショッピングセンター。

 ハワイに来たら、女子が行きたくなる場所ナンバーワンである(※俺調べ)。

 「そうだな。よし、じゃアラモアナ行って帰るぞ!」

 「はい!」

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