第39話 三寿と妻

 外は海岸の近くで、涼しい風が吹いていた。

 春香はタバコに火をつけ、「吸う?」と聞いた。

 俺は、首をふった。

 春香は一口吸うと、携帯している灰皿で火を消した。

 

 「ごめんなさい。……勝手に出てって」

 春香は、深々と頭を下げた。

 「うん。……驚いたよ。本当に」

 「何にも言い訳できないわ。これは、100パーセント、私が悪いの。だから、あなたにどう罵られても構わないし、殺されたって抵抗しない。それは、あの日からずっと思ってる」

 「バカ。そんなことするわけないだろ。何だよ、殺すって。それに、100パーセントどっちかが悪いことなんてあるわけないだろ。夫婦、なんだから」

 「……夫婦。まだ、そんなこと言ってくれるんだ。もう、離婚してるのに」

 「離婚、してないよ。……まだ」

 「……は?」

 春香は、信じられないものでも見るように、俺を見つめた。

 「出してないんだ。離婚届」

 「嘘、でしょ?だって、3年前よ。出てったの。ちゃんと、書いておいたでしょ。不備でもあった?」

 「いや、多分ないと思うけど。単純に、あのままになってる」

 「なんで?……まさか、待って、たの?」

 「……うん。待ってた。ずっと」

 「ば、バカじゃないの!?……そういうところ、そういうところだよ。ほんと、内蔵助のそういうところが嫌!!」

 春香は怒った。

 そして、俺に向けて砂を蹴った。

 ざらっとした白い砂がズボンにかかった。

 「……ごめん」

 「いいよ。謝んないで。こっちが謝る方なんだから。あー、そうか……。そうだよね。あんた、そういう奴だよね。わかってたのに、わからないフリして、出てったんだもんね私」

 春香は頭をかかえて、まるで自分に言い聞かせるように言った。

 「ここに来たのは、さ。本当に、責めるつもりとか。そういうんじゃないんだ。今まで、俺、逃げてきたんだ。お前がどうして、俺の前から消えたのかってことを知ることに。それを知ったら、絶対に傷つくから。だから、ずっと待ってた。待ってるフリだったのかもしれないけど、それで自分で自分を慰めて、傷ついたフリして生きてきた。でも……」

 「梓ちゃんのためね?」

 春香は全てをわかっていた。

 多分、今日、出会ったときにはわかっていたのだろう。

 それぐらいのことがわかるぐらいには、俺たちは一緒に生きていたのだ。

 「……こんな俺でも好きになってくれたあいつのためにも俺は、ケジメをつけたいんだ。もう、傷つくのを恐れて逃げるのはやめたいんだ。だから、教えてほしいんだよ。なんで、あの日、俺の前からいなくなったのか」

 春香は夜空を見上げ、しばらくして、俺の方を見た。

 「……わかった。そうだね。あの時は私も言えなかったけれど。今なら、少し自分のことも客観的にとらえて話すこともできると思うから」

 「うん」

 「じゃあ、ちょっと長くなるかしれないけど……」

 

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