第37話 奥さまはカメラマン
美咲のメモに書かれてあった住所。
それは、ワイナマロビーチの前だった。
それは、俺も妻と新婚旅行で写真を撮った場所である。
ワイキキからバスで乗り継ぎ、1時間ほどで、やっと到着した。
「はじめましてー。カメラマンの……」
久しぶりに見る妻は、すっかり日焼けしていたが、3年も経っているとは思えないほど、あのころと変わってはいなかった。
「……久しぶり。春香」
「内蔵助。……なんで?」
もちろん、美咲は俺の名前では予約していなかった。
そんなことをすれば、当然、妻は来なかっただろうから。
「ちょっと、話がしたくて」
「そう、そうか……」
春香は、ついにこの日が来たか、という、あきらめたような表情をした。
春香も、この日が来ることを待っていたのかもしれない、と俺は思った。
「うん。でも、とりあえず、撮影はしても、いいんだよね?」
それは、ごく自然な提案だった。
なぜなら、俺たちは写真を撮ってもらうために、春香を呼んだのだ。
「え。ああ。うん」
「そうしないと、私もお金もらえないし」
春香は、にこっと笑った。
それは、プロのカメラマンとしてプライドを持っているという笑い方のように見えた。
「いいよ。ただ、その後、時間とれるかな?」
「うん。じゃあ、夜ね。あと、そちらは?」
と、春香は小石川の方に、手を向ける。
「えっと、会社の後輩で」と俺が答えようとすると、「小石川梓です。よろしくお願いします」と、小石川は元気よく頭を下げた。
なにか、よろしくお願いしますっていうと間違ってはいないけど、変なかんじがする。
「よろしく。かわいいね」と、春香はさらっと言った。
「あ、ありがとうございます」と、小石川は照れる。
俺たちは、さっそく海岸まで歩いていき、春香は俺たちにポーズを指定した。
「じゃあ、二人とも向き合って」
小石川と俺は向かい合った。
……なんで、妻の前でこんなことを。
「はい、じゃあ、キスして」
キス!?
「え……。おでこ?」と俺は聞き返す。
「いや、マウストゥーマウスの方」
春香は当然でしょと言わんばかりだった。
「いやいやいや」
と、俺は拒否しようとする。
大体、そんなこと人前で、できるか!
「あ、ごめん。付き合ってなかった?」
と、春香は謝る。
「いえ、付き合ってます」
小石川は即答した。
いや、うん。
まあ、そうなるつもりだけど、さ。
「じゃ、できるよね」
と、春香は微笑む。
というか、本当に、俺に対して何にも思うところないのか!と少しだけ傷つく。
「人前でするのは、ちょっと」と俺が言おうとすると、「できます!」と元気よく小石川は答えた。
「はい、じゃあお願いしまーす」
……マジかよ。
すでに目をつぶっている小石川を前に、俺の退路は失われていた。
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