第35話 タピオカが好きです。でも、アサイーはもっと好きです。

 「すいません、先輩」

 小石川は、トイレから戻ってきたなり頭を下げた。

 以前の飲み会の帰りと違って、そこまで盛大に吐いたわけではなかったので、まだ助かったが、周りにいた人たちは当然のごとく、波のようにさーっと引いていった。

 係りの人がすぐに、掃除にきてくれたおかげで、事なきをえたが。

 やはり、小石川はすっかり落ち込んでいた。


 「いや、俺が悪かった。また、朝まで生『MCU』論をするところだったし」

 全く、反省を活かせていなかった。

 ついつい熱くなると、自分の話すことばかりに夢中になってしまうのだ。

 ……この癖、本当になんとかしなければ。

 「違うんです。先輩の話は面白かったんですけど。なんか、飛行機で先輩が観ていた映画を思い出したら、また気持ち悪くなって」

 「……揺れを思い出して、ね。でも、小石川がそんなに飛行機に弱いとは思わなかったな。海外とかもしょっちゅう行ってるイメージだったから」

 「はは。どんなイメージですか。……ていうか、初めてですけど。海外旅行」

 ……ええ?なんて言いました?

 「……マジで?」

 「本当ですよ。だって、飛行機苦手だし。英語嫌いだし」

 えーっと。

 「よく、来てくれたな」

 「だって……。一緒に行きたかったから」

 「く……」

 胸にささる。だから、そういうかわいいことを真顔で言うなっていうの。

 「へへ。あー。さっきのでスッキリしました。どっか行きましょうよ!えっと、私、あれ食べたいです!アサイーボウル」

 さすが、西高のギャル曽根、と言うのはかわいそうなのでやめておいた。

 「アサイーボウルか。じゃあ、ロイヤルハワイアンセンターのヴィンテージコーヒーのやつがうまいぞ。まあ、あれ日本にも店舗あるけど」

 「……」

 小石川は目をぱちくりとして驚いた。

 「え。どうしたん?」

 「なんで、そんなに詳しいんですか?」

 「いや、ハワイ来たことあるから」

 あれ、言ってなかったか、と俺は気づく。

 「それって……」

 「まあ、ありがちだけど。俺、ハワイで結婚式挙げたんだよね」

 「え、ええええ。聞いてないですよ」

 小石川は目を大きくして驚いた。

 「そうだったか?まあ、それも、6年前だからな。結構前だよ」

 「へー。ふーん。じゃ、あれですね。ここは奥様との思い出の地ですね」

 「……うん。まあ、な」

 確かにそうだ。

 多分、歩いていたら、きっといろいろなことを思い出してしまうのだろう。

 あの時は、本当に幸せだった、のだ。

 

 「でも!今日からは違います!」

 小石川は胸を張って言った。

 「え?」

 「今日から、ハワイは、奥様との思い出の地なんかじゃないです!」

 「うん?どういうこと?」

 「もーなんでわかんないですか!

「ごめん」と、俺は謝る。

 本当にどういうことかわからなかった。

「今日からは、私との思い出の地ってこと、です」

 「……確かに、そうだな」と、納得する。

 そうだ、忘れられない思い出なら、今からまた作ればいいのだ。

 「そうですよ!はい!じゃ、まずはそのヴィンテージなんちゃらに行きましょう!」

 「ヴィンテージコーヒーな!」

 全部、「なんちゃら」になるのな。

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