第30話 ぼくがハワイにでる理由

 花火大会の後のファミレス。

 人は徐々に少なくなっていった。

 時間は深夜に近づいていた。

 もうそろそろ帰る準備をしなくては、終電に間に合わなくなる。

 しかし、俺は、今日、小石川に絶対に話さなければいけないことがあった。

 

 「俺、ハワイに行くんだ」

 

 俺は、小石川に言った。

 「はい?」

 小石川は意味がわからない、という顔をする。

 当然である。

 「妻がそこにいるらしい」

 「ハワイに、ですか?」

 「そう、ハワイに」

 「なんで、ですか?」

 「わからない。……それも、本人に聞かないと」

 「いや、そうじゃなくて。……先輩は、なんでハワイに行くつもりなんですか?」

 

 「……それは」

 それは、もっともな質問ではあった。

 俺は、なぜ、ハワイにまで行こうとしているのか。

 国内のどこかにいるのならまだしも。

 海外にまで行って、そこで新しい生活をしている妻に何を聞こうというのか。


 「だって、奥さんはもう、離婚届を書いていて、それで、「探さないでください」って書置き残してて、それで今はハワイに住んでるんですよね」

 「うん。そうだ」

 「それなら、もういいじゃないですか」

 「たしかに、もういいのかもしれない」

 「ですよ!だって、今言ったじゃないですか。私のこと、世界で一番好きだって。……私がいるから、いいじゃないですか。もう、奥さんのことは」

 「うん。……妻のことをまだ愛してる、とか、そういうんじゃないよ。ただ、これは俺のためなんだ」

 「先輩の、ため?」

 「今まで、俺は妻が何で出て行ったのか、知るのが怖くて仕方なかった。ていうか、今も怖い。ハワイで今、カメラマンしてるらしいんだけど、その理由も全然わかんないし。でも、いつまでも逃げてちゃいけないって教えてくれたのは……お前だよ」

 「私、ですか?」

 きょとんとした顔で小石川は聞く。

 「小石川が俺のことを、一生懸命にわかろうとしてくれたように、俺も、小石川のことをわかりたい。それに、妻のことも。どうして出て行ってしまったのか。俺の何が悪かったのか。全部知って、それで、あらためて「さようなら」を言いたい。今、このまま、うやむやにして、小石川と付き合うのは、なんか違う気がするんだ」

 別れを言うためだけに、会いに行く。

 なんて、本当は無駄な行為なのだろう。

 けれど、ちゃんと「終わり」にしなければ、俺は「始める」こともできないのだ。

 自分でも思うけれど、本当にバカで不器用なのだ。

 「そう、ですか」と、あきらめたように小石川はうつむいた。

 「ごめん。これは、俺の完全なわがままなんだけど。でも、信じてほしい。すぐに戻ってきて、それで、その後……」

 「その後?」

 「……申し込むから」

 「……何をですか?」

 「け、結婚を」

 「結婚を!?」

 小石川はまさか、という風に驚いた。

 「結婚を前提とした、付き合いを」

 もちろん、すぐに結婚なんて考えているわけではない。

 けれど、付き合うからには真剣に付き合いたい。

 固くるしいけど、そういう生き方しかできないのが、俺なのだ。

 「……」

 しかし、小石川はフリーズしたように固まってしまう。

 さすがに、先走りすぎてしまったのだろうか。

 「ごめん、そう、だよな。……まだ、若いんだから。結婚なんて考えないよな。はは。ごめん、忘れてくれ。その、先走った……」と、俺は慌てて言う。

 「しましょう」

 「は?」

 「結婚!」

 「いや、だから、その前提とした付き合いって」

 「いいです!私、できます!先輩となら、ていうか、先輩とじゃなきゃ結婚なんてできません!」

 小石川はバンっとテーブルをたたいた。

 いや、ちょっと、恥ずかしいから。

 「いや、もっと、よく考えたほうが……。俺が言うのもなんだけど。バツイチになるわけだし。多分、親御さんも気にするだろうし……」

 「説得します!説得できなかったら、家を出ます!」

 小石川の決意は固いようだった。

 しかし、そんなことはさせられるはずがない。

 「いやいや、それはまずいって。でも、俺も誠心誠意、幸せにするって伝えるよ」

 「……先輩」

 小石川は納得してくれたみたいだった。

しかし、バツイチの男にかわいい娘を……。

 俺なら、100発殴っても絶対に許さないなと、ちょっと気が重くなった。

 「待っててくれるか?」

 「はい。……でも、すぐ帰ってきてくださいね」

 小石川は小指を出す。

 「おう。すぐ戻ってくる」

 俺も小指を出して、指切りをした。

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