第29話 後輩は如何にしてボンクラを愛するようになったか

 「最初の印象は最悪でした」

 

 花火が終わり、俺たちは場所を変えて、駅前のファミレスに入った。

 小石川の衝撃の発言に、俺はコーヒーをあやうくこぼしそうになる。

 「ええええ」

 「だって、こっちが、元気に挨拶しても、小さい声でしか挨拶返してこないし、こっちがいろんな話題ふっても、「へー」とか「あー、そう」みたいな返事しかしないし、目も全然、合わせてくれないし!」

 「あ、うん。そうだった、かな?」

 全く記憶にないが、小石川がそう言うのなら、そうなのだろう。

 確かに、職場の女性とほとんど話す機会がなく、妻に出て行かれた俺は、日常で女性とどう接するかを完全に見失っていた。

 簡単に言えば、多分、緊張していたのだと思う。

 「そうですよ!私、それで、この人がトレーナーとか本当に最悪だと思って、課長にも代えてくださいって言ったんです」

 

 「えええええ」

 それも衝撃発言だった。

 ……そういえば、小石川のトレーナーを始めた直後は、やけに課長から「大丈夫?」とか「優しくしてあげてね」とか言われたような気がする。

 あれは、そういうことだったのか……。

 「でも、課長が「あいつにもいいところあるから。今、ちょっと病んでるだけだから」って言って、それで、「病んでる人にトレーナーなんてしてほしくありません!」って私は言ったんです。そしたら、課長も「あー。うん。まあそうだよね」って」

 「おいおい」

 簡単に納得しすぎだろ課長。

 もっと、俺のフォローしてくれよ。

 「でも、「とりあえず、一か月は辛抱してくれ」っていうから。仕方なく、一か月だけだと思ってあきらめて。でも、なんで病んだんだろって気になるじゃないですか。課長は教えてくれないし。周りの人に聞いたら、「妻に逃げられたんだよ」って聞かされて。私、思ったんです」

 お、ここで、「可哀想。私が守ってあげなきゃ」みたいな母性に目覚めたって展開だな、と俺は期待する。

 「「ざまあ(笑)」って」

 「性格悪くないか!?」

 ひどい、ひどすぎるよ小石川さん。

 いくら嫌いでも「ざまあ(笑)」はないと思うんですが。

 「いや、その時は、本当に嫌いだったので。だから、先輩は、よく遠くを見て、ため息ばっかりついてるんだなーって納得はしました。でも、なんていうか、そういうウジウジしたの私、耐えられないっていうか。だから、ますます嫌いになりました」

 「おい、おい……」

 もうやめたげて。三寿のHPは0よ。

 「でも、聞いちゃったんです。ある日」

 「なんだよ」

 もはや、嫌な予感しかしなかった。

 なんだろう、この話。

 思った以上にぜんぜん楽しくない!

 「私、ほら、可愛いし、愛想いいし、可愛いじゃないですか」

 いや、うん。間違ってはいないけれど。

 自己評価高いな!ていうか正直すぎ!

 「……いや、自分で言うなよ。ていうか、「可愛い」って二回言ってる」

 大事なことなので、ってやつかいな。

 「まあ、それで、みんなにも好かれるっていうかんじなんですけど。学生の時もですけど、そういうのって、やっかみっていうか、嫌われるっていうか、まあ、イジメられるんですよね」

 そんな、あっさりというようなことではないこをさらっと小石川が言ったので俺は「……え」と言葉を失う。

 「あ、私、結構、学生の時、イジメられたんですよ。定番ですけど、上履き隠されたりとか。男に色目使ってるとか色々言われて。まあ、主にラインとかで、ですけど。そんなことしてないのに。フツーにおしゃべりしてるだけなのに」

 「……そうか」

 しかし、小石川の普段の言動を見ていると、女子には嫌われそうだな、というのは少しわかる。……本当に、話す時の距離感間違っているから。

 「なんか、距離が近すぎるとか、色仕掛けしてるとか、いろいろ言われて。それで、学校行けなくなったりして。なんか、大学行っても同じようなこと言わるくらいだったら、もう働いちゃえって。会社だったら、そんな変なこと言われないって思って。でも、やっぱり、そういうこと陰で言ってる人がいて」

 それはそうだ。

 会社は学校ではない、なんて言う奴もいるが、実際には学校よりもひどいこともあるのだ。イジメ、陰口そんなことは日常茶飯事で起こる。特に同性同士であれば、なおさらそういうことは起こりえる。

 「でも、もう、そういうのに慣れちゃったっていうか。もう、諦めてたんです。どうせ、誤解されるんだったら、文句なんて言ったってしょうがないし。ほっとけばいいって。その日もトイレに行こうと思ったら、給湯室で女子の先輩たちが3人で、私のこと悪く言ってて。「仕事できないのに、甘えて媚売って可愛がられてる」みたいな。聞いてるのも嫌になって、もう、無視しちゃえって思ったんですけど、そこに先輩が来たんです」

 「……俺?」

 「はい。先輩です。その時、先輩は「会社でそういうこと言うのやめませんか?」ってその人たちに言ったんです。そしたら、その中のリーダーぽい女の人が「え。小石川さんのことだからですか?お二人とも仲いいですもんね」なんて言ってきて、私は「全然仲良くねえよ」ってその時、思ったんですけど。そしたら先輩は、「いや、小石川とか関係なく、普通に、人の悪口とか会社で言うのよくないですよ」って。私、それ聞いて「何、この人。全然、空気読まないんだ」って思って」

 ……うん。いや、それってダメなやつやん。

 おかしいなー。空気読むの得意なはずなんだけれど。

「それから、その先輩は「いや、悪口なんて言ってませんよ。ただ、事実として、そういうことがあるって話してただけです」とか言ってきて、先輩は、こう言ったんです。「じゃあ、事実として言いますけど、小石川は、確かに仕事はまだあまりできないかもしれません。でも、甘えても、媚売ってもないですよ」って。……私、その時、泣いたんです。それで、女子の先輩たちが黙っちゃった後に「それに、人の悪口も言う奴じゃありませんよ。あなたたちと違って」って言って。……シビレました。……カッコよすぎて」

 「……それ、本当に俺か?」

 確かに、なんとなーく、うっすらと、小石川の悪口を言っていた女子社員に注意した記憶はあるが。

 絶対に、小石川が言うような言い方はしていなはずである。

 もっと、穏便な言い方だったはずだ。

 おそらく、小石川の「思いで補正」みたいなものがかかっているのだろう。

 だって、そんな言い方する人、俺知らない!!

 「はい。先輩です」

 だから、違うっての。

 「……恥ずかしいから、マジでやめろ」

 「何がですか!!私、その日から、もう、先輩のこと見るだけでドキドキして……。だって、私のこと、そんな風にかばってくれる人なんて、今までいなかったし。いたとしても、それって、なんか下心丸出しっていうか。そういう人ばっかりで。でも、先輩は、私のこと、ちゃんと見てくれて、それで、かばってくれたんだって思ったら、本当に嬉しくて。だから、先輩は、いつも「嘘だろ」なんて言ってましたけど、「今日も先輩に会えて嬉しい」って言ってたのも、本当に本心からで。会えなかったら、やっぱり寂しくて。……正直、その、ラブホテルとか、ああいうやりすぎちゃったなって思うこといっぱいあるんですけど。でも……、その、それくらい先輩のこと、好きだったんです」

 何か、今、全ての謎がつながった気がした。

 なるほどな……。

 「……そうか。なんか、ごめん。その、気づかなくて」

 「いいんです。私、そういうの伝えるのも下手なんだって思いましたから」

 「いや、俺が鈍感なだけだ。こんなこと言うと、怒られるかもしれないけど」

 「なんですか?」

 「今も、やっぱり、思っちまう。……俺なんかでいいのかって」

 大体、やっぱり、始まりは勘違いで好きになられている部分も多いことが、やっぱり証明されてしまったわけで。

 「先輩……」

 「お前は、若くて、やっぱり可愛いし、それに、努力家で、前向きで、誰に対しても優しくできて……。お前だったら、もっといい奴がいくらだって」

 「先輩、もうやめてください」

 小石川は、涙をこぼしていた。

 「……」

 「なんで、こんなに言ってもわかってくれないんですか。私、先輩じゃなきゃ駄目なんです。先輩のことしか見えてない」

 「小石川……」

 「好きなんです。誰より。一番好きです」

 「……俺も」

 「なんですか?」

 「……俺も好きだよ」

 「ワンスモア」

 なんか、このくだり、軽井沢でもやりましたよね?

 「俺も好きだよって」

 「どれくらい好きなんですか?」

 「……一番好きだよ。世界で一番、小石川梓のことが好きだよ!」

 「私も!」


 ファミレスの他の客の視線が痛かった。

 ……バカップルっていうんだよね、これ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る