第28話 浴衣の後輩は好きですか?
「せーんぱいっ。夏祭り行きましょ!」
ラインから着信があり出ると開口一番、小石川はそう言った。
「お、おう」
「なんですか?行きたくないんですか?」
「いや、行きたいけど。近くでそんなんあったけ?」
「ありますよ!ほら!千寿台公園の」
その公園は、最寄り駅から30分程離れたところにある公園である。
「……近くじゃないじゃん」
「それは……」と、小石川は言い澱む。
「なんだよ」
「近くじゃ、ちょっと恥ずかしい、です」
……確かに、デートをしているところなぞ、知り合い(主に会社の人間)に見られようものなら何を言われるかわからない。
それに、今は以前と違って、恋人同士ではないが、両想いであることはわかっている状態なのだ。
会社の近くではないところまで離れる方が無難である。
「……ま、そう、だな」
「ね?行きましょーよ」
「よし、じゃ、行くか」
千寿台公園の前にある道路は屋台と人でひしめきあっていた。
年に一度の夏祭り。しかも花火も打ち上げるという。
この人の多さも仕方ないだろうが、普段なら絶対に行かない。
なぜなら、人混みが嫌いだからである。
小石川の手前、言わなかったが、そもそも祭り自体があまり好きではない。
夜の蒸し暑いところに人が集まって、よくわからないおっちゃんのつくった屋台飯を、そこそこな金額で買って食べることが、どうも釈然としない。
まあ、そんなこと言ってるから引きこもりっぽくなってしまうわけだが。
「せんぱい。どうですか?」
待ち合わせ時間ちょうどに来た小石川は浴衣を着ていた。
白の浴衣にピンクの花の模様が入っていて、はっきり言って、とてつもなく似合っていた。しかし、そんなことを素直に口に出せる俺ではない。
「うん。まあ、そうだな。……いいんじゃない?」と、目をそらして言った。
「なんですかーそれ?ぜんっぜん、伝わってこないんですけど」
小石川は不満そうに言った。
「似合ってるって。……かわいいよ」
なんか、俺が言うと気持ち悪いんだよなあ、と自分自身でも思う。
こういうことをさらっと言える奴を尊敬するとともにぶっ飛ばしたい。
「へへへ。ふふ。ありがとうございます」
小石川は照れているのか、頬が少し赤くなったように見えた。
……ますます、かわいいのでやめてもらえます?
「どういたしまして」
「なんで、せんぱいは普段着なんですか?」
当然のことながら、俺は普段着である。
青のポロシャツに黒のチノパンという、THE無難を絵に描いたような恰好である。
「え。いや、浴衣持ってないし」
持っていたとしても、着ていくのは相当、勇気がいると思うのだが。
「もー。そういうことは早めに言ってください。一緒に買いにいったのに」
なんとなく、小石川の水着を一緒に買いに行ったことを思い出してしまう。
うーん……。あれはエロかった。いや、そんなことは今は関係ない。
「ああ。悪い。って、浴衣で行くなんて聞いてないんだけど!」
「ジョーシキですよ。常識。夏祭りって言えば、浴衣デートに決まってるじゃないですか」
「そ、そうか?」
「そうです。全人類共通の常識です!」
夏祭りある国って、そんなに多いのだろうか。
少なくとも、浴衣を着るような祭りは日本独自のものだろう。
「あ、リンゴ飴!!先輩、あれ食べましょーあれ!」
道を歩いていると、さっそくリンゴ飴の露店を指さし、小石川ははしゃいだ。
「へいへい。なんでも好きなもん買ってやるよ」
「えー!!いいんですか?」
子供のように、小石川は目をきらきらさせた。
「ま、今日は特別。……いつもおごるわけじゃないんだからな!」
念を押さないと、少し怖い。
そんなに高給取りではないのである。
「わーい。じゃ、焼きそばとたこ焼きとお好み焼きと……」
それって、全部同じ系統の味だよね。
大体、ソースとマヨネーズ。……なんで、屋台ってみんなそうだんだろう。
「食べられる分だけにしろよ?!」
「へへー。私、結構食べますからねー」
と、小石川はぽんとお腹をたたく。
いや、そんなに食べる印象、全くないんですけど。
「おーマジか。じゃ、大食い対決でもするか?」
最近、テレビで大食いの番組を見るのが好きな俺は挑発する。
もちろん、俺もそんなに食べられるわけではない。
「ほっほー。この西高のギャル曽根と呼ばれた私に挑戦するとは、恐れ知らずですね!」
……西高のギャル曽根。
ヤンキーっぽいかんじしない?なぜか。
「なんだよ、その異名。……とても、そんなに食うようには見えねえけど」
「大食いは、みんなそうなんです。よーし!じゃ、先輩、そっちのたこ焼き買ってきてください」
「へいへい」
食べ歩きも大変なので、近所の神社に続く階段に座った。
こういう時の神社は、大体、カップルのいちゃいちゃスポットなのだが、とりあえず、そういう輩はいないようなので安心する。
しかし、はたから見れば、俺たちがそういうカップルなのかもしれない。
「あー!食べた!食べすぎました!」
小石川はお腹をなでた。
「だーから、買いすぎだって言ってんのに」
「だってー。おごってくれるっていうから」
おごってくれるからって、食えない量を買うなよ……。
「そういうとこだぞお前。普通、女子は、そう言われても、「えーいいんですか。じゃあ、少しだけ」みたいな感じになるんだぞ?」
「ええー。なんか、そんなのウソつきじゃないですか!おごってもらえるんなら、普段は、絶対買わないようなものでも、買ってもらいたい!っていうのが人情でしょ!」
なんて、自分に正直な奴なのだ。
俺は、こいつのことを本当に誤解しているところがあった気がする。
「なんだよ、その人情。はは。まー正直なのはいいことだけどな」
少しの沈黙。
小石川が急に黙ったので、俺は動揺する。
「先輩は、聞かないんですね」
風が少し吹き、木々を揺らした。
「え?」
「なんで、私が先輩のこと好きになったか」
「……うん」
「なんでですか?」
もちろん、ずっと気になっていた。
なぜなら、俺は、小石川に好かれるようなことは一切していないのだ。
当然、ルックスで好きになられたと思えるほど自惚れていない。
……いや、本当に。
「自分から言わないってことは、言いたくないのかなって思ったから」
「……先輩、そういうとこですよ」
小石川の声は寂しそうだった。
「聞きたかったら聞いてください!別に、言いたくないから言わないんじゃなくて、恥ずかしいからっていうか。聞かれないから言わないだけなんですからね!」
小石川は少し泣いているような声だった。
また、俺は余計な気をつかって、こいつを傷つけていたのだ。
「そうか。ごめん。俺、確かに、そういうとこあるな。……やっぱり、俺は怖いんだな」
「え」と、小石川は顔を上げた。
「他人の、近くにいる大切な人の気持ちを聞くことが」
だから、妻の言葉も聞かずに、聞けずに、一人になってしまった。
「……先輩」
「まあ、そのせいで、妻の気持ちも聞けないまま、どっかに行かれちゃったんだから自業自得だよな。今も、全然治らねえ。重症だよ」
小石川は俺の手をつかんで、「私は……どこにも行きません」とはっきりと言った。
「……小石川」
「先輩のところからいなくなったりしません。だから、私のことももっと、知ってほしいんです」
「うん。……俺も、知りたいよ。お前のこと」
……なんか、やっぱり俺が言うと……。
「へへ。なんか」
「なんだよ」
「面と向かって言われると、ちょとキモいですね(笑)」
「おい!!返して!?俺の恥ずかしさ!!」
せっかく、我慢して言ったのに。
当然、気がついていたよ。気持ち悪さには!
「はは。嘘です(笑)」
「あ、花火」
ドーンという音の後に、きれいな花火が打ちあがる。
花火もきれいだったが、その光に照らされた小石川は、よりかわいく見えた。
「おー。めちゃめちゃ綺麗に見えるじゃん」
「先輩」
小石川は、俺の頬に手をあて、口づけした。
「話、は?」
「もうちょっとこうしてから」
それからは、花火の音だけを俺たちは楽しんだ。
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