第27話 ヤンキーちゃんと三寿くん
「もう一度、言いましょうか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。聞き間違いの可能性もあるし、心を落ち着けてから、もう一度、ゆっくり大きな声でお願いします」
もしかしたら、聞き間違いの可能性もある。
なにせ、そんなところに妻がいる可能性なんて、普通はないだろう。
「……どうぞ」
「ハ・ワ・イ」
「ワンスモア」
「ハ・ワ・イ」
「成程、成程、成程」
「なるほど!ザ・ワールド?」
……いや、そのネタ通用するの?
相川欽也の番組ってことぐらいしか俺もわからんぞ。
「ごめん、今、ツッコむ余裕がない」
「そうっすか。でも、いいっすよねー。私も住みたいよーハワイに」
美咲は遠い目をして言う。
ハワイ。確かに、結婚式を挙げた時は、本当にいいところだと思ったが……。
「……なんで?」
だからって、なんでハワイにいるの?
「知らないっすよ!私に聞かれても!ほら、依頼は「探してくれ」だったじゃないすか。だから、探しただけで。理由まではわからないっす」
美咲は、若干逆ギレ気味だった。
確かに、理由までは依頼してない。
しかし、ますます妻の行動が謎になるばかりだった。
「マジか……」
「残念ながら、マジっすね」
それにしても、一つ疑問がある。
「よく、わかったな?」
一人の人間がいなくなり、しかも海外にいるなんて、どうやったら調べられるのか、単純に興味があった。
「いや、案外、簡単にわかりましたよ?」
予想外の質問に「え……」と俺は言葉を失う。
「いやいや、普通に、ググったら、でてきましたもん」
ググる?そんな簡単なことで分かる……だと……?
「そんなわけねえだろ……」
美咲は、スマフォを俺に差し出し、「ほら、これ見てくださいよ。こんなに楽な仕事はなかったっす」と検索画面を見せる。
そこには、【フォトグラファー ハワイ一覧】と書かれた中に、様々なカメラマンの写真があり、そこに妻の姿もあった。
「春香……」
「そう、その人っす。つうか、美しいですよねー。春香さんて。どっちかっていうと、この人が被写体ってかんじっすけど」
写真の妻はどこの街かはわからないが、笑顔だった。
妻の写真をクリックすると、Haruka「何度見ても優しい気持ちになれるような写真、お二人の最高の幸せを写したいです」と書かれていた。
「……カメラマンなのか?」
「そうそう。なんか、結婚式の写真とか主にとってるみたいっすね。まー、あっちで結婚する日本人は多いっすからね。カメラマンも日本人なら安心できるし、みたいな。って、三寿さんもハワイ婚だから、よく知ってるんじゃないすか?」
「……」
確かに、ハワイでは日本人のカメラマンにたくさんの写真を撮ってもらった。
英語があまり得意ではなかった、俺たちには、日本語での指示がなければ、きっといい写真は撮れなかっただろう。
「でも、なんで、カメラマン?」
カメラマンと妻が俺の記憶からは全く結びつかなかった。
どちらかと言えば、機械音痴な方だったと思うのだが。
「まー。それは、本人に聞く他ないっすね。ホームページも最近、更新してるみたいだし。結婚する奴のふりして、メールのやりとりしてみたら、やっぱり、その会社にいるみたいなんで、今も多分いるとは思いますけど。念押しで、聞いてみます?」
「……うん」
「まあ、場所が場所なんで、わざわざ会いに行くってのも大変じゃないすか。いいんじゃないすか。もう、結論は決まってるんだし」
「……うん」
「あのー、さっきから、「うん」しか言ってないんすけど。……まーた、変なこと考えてます?」
「……うん」
美咲は俺を急に蹴り上げる。
俺は、すっころび「何すんだよ!」と文句を言った。
「うっざ!!うざー!!!マジでうぜー!!!もー、出禁にすっからな!!」
とてつもなく怒っていた。
いつもの「~っす」がなくなっていることからもそれは明らかだった。
「いってーな!!何キレてんだよ!」
「あんたが、いつまでもウジウジしてるからだろ!!そーゆうの見ててイラつくんだけど!!」
「キャラも変わってるし。……別にウジウジしてるわけじゃねえよ」
「ああん?じゃ、何、またくらーい顔して途方に暮れて、構ってくださいオーラだしてんだよ?まーた、悲劇の主人公気どりなんか?ああん?」
もはや、ヤンキーだった。
美咲は、もしかしたら、昔は不良だったのかもしれないな、と俺は想像する。
しかし、こんな不良がいたら、めちゃくちゃ舐められそうだった。
身長低いしかわいいからね!
「お前は、どこぞの不良だ!……いや、そういうんじゃねえけど、まあ、とりあえず、安心したっていうか」
「は?安心?」
今の美咲には、何も言っても怒られそうだった。
「何はともあれ、元気でやってるってわかったのは嬉しいよ。いや、それは嘘だな。やっぱり、複雑だわ。なんっつーか、意味わかんねえし」
妻が元気にしている、のは、正直、複雑だった。
もちろん、不幸になっていてほしいわけじゃない。
けれど、俺がいないでも元気にしている、ということは、やっぱり、俺は妻にとってはいらない人間だったことの証明のように感じてしまう。
美咲は落ち着いたのか、ため息をついて、たばこに火をつけた。
「ま、そりゃそうでしょう。……だけど、三寿さん、結婚したって、しょせんは他人なんすよ?その人のこと、全部わかった気でいても、まだまだわからないところってあるんすよ。人間って」
こいつの言うことには、いつもなぜか説得力がある。
いろんな人間をマッサージ師として、探偵として、見てきたからだろう。
「……そうだな。うん。そんなこと、とっくにわかってたのにな。はは。つうか、ネット検索でわかるんだな。いかに、俺が、探したくなかったか、よくわかったわ」
ネットで、妻の名前を検索する。
そんなことすら、俺はできないでいたのだ。
探す気がないのがバレバレだった。
「仕方ないっすよ。怖いじゃないですか。他人の考えてることなんて。……近しい人なら、近しい人ほど」
美咲は遠い目をして言った。
そうかもしれない。
俺は、妻の考えていることを知るのが怖かったのだ。
一番、近くにいて、大切な人だったのに。
「ありがとな。……その、ちょっと考えてみるわ」
「はい。……出禁は嘘なんで、また来てくれてもいいっすからね」
美咲は優しい。
そこに、いつも甘えてしまうのは、本当はいけないことだとはわかっているのだが。
「うん、ありがとう」
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