最終章•ハワイ編

第26話 仲間由紀恵と妻の居場所

 「へーうまくいってよかったじゃないっすか」

 

 久能美咲はマグカップでコーヒーを飲みながら言った。

 いつものように、美咲のマッサージ店はたばこ臭い。


 「まあな」と、俺も美咲にもらったコーヒーを一口飲んだ。

 「いいなあ。可愛い後輩ちゃんと夜な夜なあんなことやこんなことを」

 と、美咲はゲスい顔で言う。

 「だから、してねーっての。その……ほとんどしてないからね」

 本当に、あの日は、キス(深い)しかしていない。

 まあ、そっちのほうが生殺しみたいなもんだったが、さすがの精神力である。

 しかし、せっかくのいいホテルなのに、全く眠れなかった。


 「ほとんどってなんすか!ちょっとはしたんすね!いやらしいわーこの人。がっつりやるより、ちょっとみたいなかんじのほうが、いやらしいってこともあるんすからね!」

 美咲は興奮しながら言った。

 ……いや、お前はどこぞのオッサンなんだよ?

 「どういうこと!?意味わかんねえわ!」

 「ははは。まあ、本当に死んだ顔から随分、すっきりしてきたじゃないですか。三寿さん」

 死んだ顔っていうのは、よくわからないが、多分、美咲の言う通り、俺は3年前のあの日からずっと死んだような顔をしていたのだろう。

 「まあ、その。ありがとうな?」

 「は?何すか。急に。私、今の話に何にも関係ないっすよね」

 と、美咲は首をかしげる。

 「お前だろ。いろいろお膳立てしてくれたの」

 「はい?何がすか?たまたま軽井沢に行ったのは、偶然だって言ってるじゃないですか」

 「まあ、うん。それはそうなんだけどさ」

いや、実はそれすら俺は怪しいと疑っているんだが……。大体、そんな偶然が本当にあり得るのか?美咲だったら、俺がどこにいようと、何かしら情報をキャッチできるような気がしてしまう。

「でも、急に帰ったのは、俺と小石川を二人っきりにするためだろ?」

そう、あんな偶然に、「急用」が入るはずはないのだ。

 「あー。……バレました?」

 「バレるよ!そんな急に仕事入るような仕事をしてないだろお前」 

 「失礼だなー。これでも忙しいんですよ。売れっ子なんで」

 「まあ、それは知ってるけど。でも、あんな高級ホテルを前に帰るような奴じゃないだろ」

 「ほんとっすよ……。マジで入りたかった。室内露天……。私も初めてだったんすよ……?いや、できれば、超絶イケメンと二人っきりで行きたいんすけどね?」

 超絶イケメンって……。

 意外に面食いなんだよなー、この人。

 「知らんがな。でも、ほんと悪かったな。どうお礼していいのかわからないけど」

 「いいっすよ。まあ。じゃあ、そうですね。幸せになってください」

 美咲はこともなげに言う。

 そういうこと言われると、泣きそうになるからやめてほしい。

 「……美咲」

 「あんたの暗い顔を月に2度も見るのはもううんざりなんすよ。幸せになって、明るい顔で来てください。そうじゃなきゃ、今度から2倍の値段をとります」

 ただでさえ高い美咲のマッサージ代が2倍になれば、俺はもうこの店には通えなくなる。

 それは、まずい。俺は、もうこいつのマッサージなしには生きていけない身体なのだ。

 「はは。わかった。うん。幸せになるわ」

 「約束っすよ」

 「おう。……それで、さ」

 今日、ここに来た本題。

 それを、俺はやっと話そうと思った。

 しかし、「奥さんの場所っすよね」と美咲は全てを見透かして言う。

 俺は何なのだろうか?

 サトラレなの?

 「よく、わかったな」

 「三寿さんの考えてることなんて、女子高生のパンチラを見たオッサンの反応ぐらいわかりやすいっすよ」

 ……どういう意味だ。

 「いや、その例えが一番、わかりずらいっつうの」

 「つまりチ〇チ〇が勃つということですけど」

 予想以上にひどい答えが返ってきた。

 「下ネタがすぎる!!」

 「すいません。こういうことやれば人気上がるかなって」

 何の人気かは全くわからないが、そんなことで上がる人気はろくなもんじゃないことは確かである。

 「何を気にしているんだよお前は……。それで、話を戻すけど」

 「奥さんのいるところなら、まるっとすっきりお見通しですよ」

 「お、おお」

 その言い方、なんか『TRICK』の仲間由紀恵っぽいな。

 「言いますか?」

 「ああ。うん。ちょっと、待って……心の準備」

 そう、まずは深呼吸。

 心の準備をしないと、変な場所だったら、心臓が止まるかもしれないしね。


 「ハワイっす」

 「……は?」

 「ハワイっす」

  

 はっきり言って、予想外すぎた。

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