第25話 告白とディープな展開 (軽井沢編⑫)

 「正直、めちゃくちゃヤリたい。……当り前だろ。その、お前みたいな可愛い子がこんなことまでしてくれて。その、ヤリたくないわけない、だろ」

 ……何言ってるんだとは思うが、それが正直な俺の気持ちだった。

 むしろ、よくぞ、ここまで言わなかったと思うほどである。


 「じゃあ」

 「でも、今はまだ、俺は結婚してる。3年も戻ってきてないけど妻がいる」

 「……これからも待つんですか?」

 「俺は、そのつもりだった。いや、いつかは踏ん切りをつけなきゃいけない時があるってわかってたけど。でも、それをいつまでも引き延ばし続けたかった。俺も美咲の客だって言っただろ」

 「はい」

 「あれ、マッサージじゃなくて、最初は探偵として依頼したんだ。妻を探してほしいって」

 「奥さんを?」

 「ああ。美咲には、「探してどうするんだ?」って聞かれて、俺は答えられなかった。ただ、何かしなきゃって思いだけで、妻を探そうとしていた。多分、美咲はもう妻の場所を知ってる。俺は、聞いてないだけで」

 「なんで、ですか」

 「怖いから。知ったら会いに行けるだろ。……でも、会いに行くのが怖かった。どうして、出ていったのか聞くのが怖かった。だから、いつまでも、いつまでも、俺は妻に会いに行くのを先延ばしにしてきた」

 そう、俺は怖かった。真実を知ってしまうことが。真実に向かあうことが。

 「多分、俺は、全部、妻のせいにしたかったんだと思う。出ていったのは、妻のせいで、俺は何も悪くない。自分勝手に出て言った妻をそれでも待っている自分を悲劇の主人公にしていたかったのかもしれない。みんなに同情してもらって、憐れまれて、それで自分で自分を「かわいそう」って思うことで、なんとか自分を保ってきた。……でも、そこにお前が来た」


 そう、小石川は突然、俺の前に現れたのだ。

 「……私?」

 「最初は、お前のことがよくわからなかった。だって、年も一回り以上離れているし。誰にでも愛想いいし、すぐに人気者になるし。……小悪魔だし」

 「……小悪魔!?なんですかそれ?」

 小石川は心外だと言わんばかりに、大きな声を出した。

 「ほら、おっさんにいろんな貢物もらってただろ。ああいうのとか。俺とは住む世界が違うんだろうなって、思ってた」

 「ですから、勝手にくれるんですって!ほんっとうに」

 「はは。わかってる。ただ、なんか、近寄りがたかったんだ最初は。でも、トレーナーしていて、近くで見てて、すっげー努力家で、実は負けず嫌いで、やる時はちゃんとやる、そういう奴だってことも、よくわかった」

 小石川は、いつも俺の予想以上に頑張っていた。それは、俺が一番よくわかっているのだ。だから、俺は、こいつのことを……。


 「……先輩」

 「それで……、俺なんかに、好意を寄せてくれてることも」

 「……気がつきました?」

 少し恥ずかしそうに小石川は聞いた。

 「気がつくよ。さすがに鈍感な俺でも気がつくよ。初めは、そんなわけないって、俺なんかのこと好きになるわけないって、ずっと否定してきた。でも、そんな風に考えることが、お前に失礼なことなんじゃないかって思えてきた」

 「そうですよ。先輩、自分のことを卑下しすぎっていうか。もっと、自信もってください!」

 「はは。なんか、後輩のお前に言わるっていうのも情けないけどな。だから、これだけは、ずっと言いたかったんだ」

 「……はい」


 「ありがとうな」

 俺は、これをずっと、小石川に言いたかった。

 こんな俺に好意を寄せてくれる小石川に。


 「や、やめてくださいよ。なんか、それ……。好意は嬉しいけど、応えられない的なやつ……」と、小石川は泣きそうな声で言う。

 「いや、それは違う。その、俺は、お前のことが、その……」

 「なんですか?」

 「……ちょっと、待って、今なんかタイミングじゃない気がするんだ。また、タイミングをあらためて」

 「なんですか!?」


 「…………好きだ」


 こんな、告白、妻にも、したことないのに。

 高校生の時に、浅倉先輩に言ったくらいだろうか。

 恥ずかしさで、顔から火がでそうになるとは、まさにこのことだった。


 「…………もう一回言ってください」

 しかし、小石川は容赦がなかった。

 ……もう一回!?

 「……好きだ」

 「もう一回」

 もうヤケクソだった。

 「好きだ」

 「もう一回」

 「もういいだろ。好きだ好きだ好きだ!俺は、お前が好きだ!」


 「大好き!」

 と、小石川は、俺に抱きついた。

 今の小石川の浴衣姿(下着なし)の状態では、ほとんど裸で抱きつかれているのと同じなのだが。

 「ちょっと、お前、今の状態で抱きつくなって」

 「好き!先輩好き!」

 小石川が本当に嬉しそうだったので、俺は、言ってよかったとあらためて思う。

 しかし、本当に、なんで俺なんかのこと……。

 「……なんでだよ」

 

 「じゃあ、ヤレますね」

 小石川は目を輝かせて言った。

 嬉しいけど、それ、女子はあんまり言わないほうがいいやつだぞ。

 「いや、そのことだけど。……ちょっと、待ってくれないか?」

 「ええええ。……何でですか?何が問題あると」

 露骨にがっかりとした態度だった。

 「はっきりさせたいんだ。……妻のこと」

 「……それは、どうやって」

 「会って……出て行った理由聞いて、それで、離婚届けを出しに行く」

 それが、俺なりのけじめだった。

 それをして、初めておれは次のスタートをきれるような気がした。

 「……先輩」

 「そうしたら、その、あらためて、申し込むよ」

 「……何をですか?」

 「その、交際を」


 「ぷっ」と、小石川はふいた。

 何がおかしいんだよ。

 「なんだよ。何もおかしいこと言ってねえだろ」

 「先輩って。ほんと、なんていうか、奥ゆかしいというか。頑固っていうか」

 日本語が微妙なのは相変わらずだった。

 「奥ゆかしいと頑固は全然違うだろ……」

 「そうですか?と、とにかく、なんか昔気質っていうか!」

 昔気質?……よくわからないが、言いたいことはなんとなくわかった。

 「まあ、うん。自分でも、固っくるしいとは思ってるけど。……ごめんな。その、待たせちまって」 

 「全然いいです。……今は、幸せすぎますから」

 小石川はさらに、ぎゅっと俺を抱きしめた。


 「ほんと……」と、言いかけて俺はやめる。

 これ以上、恥ずかしいことを言うのは憚られた。

 しかし、小石川は許してはくれなかった。

 「なんですか?」

 「いや、なんでも」

 「言ってください」

 「別にいいだろ」

 「ダメです!」

 小石川は容赦がなかった。

 

 「……ほんとかわいいなって思っただけだよ」

 あーあ、何言ってんだか。

 これ、録音とかされてたら、永久に死ねるな。

 「ふふ。へへへ」

 小石川は変な笑い方で笑った。

 「何、笑ってんだよ」

 「キスしていいですか?」

 「え。いや、それは……」

 「今日、してました」

 小石川は若干怖い顔になった。

 浅倉先輩のことを言っているのだろう。

 いや、あれはお別れの挨拶的な……。

 「……あれは、その」

 「ズルいです。「先輩の先輩」の方が好きなんですか?」

 「いや、そういうわけじゃ」

 「あ。目をそらした。あやしいー。ていうか、先輩、なんか、あの人と話す時、目がハートマークになってません?」

 「な、なってねえし」

 多分、おそらく、きっと、なっていないはず、だ。

 「否定の仕方があやしいんだよなー。じゃあ、証拠見せてください。そしたら、信じますから」

 「……わかったよ」

 俺は、観念する。

 別にしたくないわけじゃない。

 一度、そういうことをしたら、止まらなくなりそうだから自制していただけである。

 小石川の顔が近づき、キスをした。

 しかし、それは、ただのキスではなかった。

 舌と舌がからみつく、それは……ディープなやつだろ!!

 唇を離すと、お互いの口から白い糸がつっと出た。

 

 「おまっ。それは」

 「だって、私の方が好きなら、同じキスじゃ嫌です」

  ……理性飛ぶっつうの。

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