第24話 後輩ちゃんは告らせたい(軽井沢編⑪)

 「はぁっ。ありがとうございました」

 

 水を飲んでやっと一息ついたのか、小石川の顔はだんだん、自然な色に戻っていった。

 俺は、ベッドで休んでいる小石川をうちわであおぎながら、「ほんと、何やってんだよ……」と言った。

 小石川の服装は浴衣を雑に来ただけで、下着もろくにつけていない状態だったので、俺は相変わらず、小石川を直視しないようにしていた。

 小石川が動けない状態かつ、俺が下着を小石川の荷物から取り出すわけにもいかなかったので、現状、この状態は仕方がなかった。

 

 「いやー、あまりにも気持ちよくて、しかも夕方テニスの激闘があったじゃないですか、うっかり眠ったら、動けなくなっちゃいました(笑)」

 「まあ、あれは確かに疲れるわな」

 はたから見ていても、昼間のテニス対決は大変そうだった。

 小石川は必死に先輩の球に追いつこうとするため、全力で走り続けたのだ。

 先輩は先輩で容赦がないので、小石川がこうなるのも無理はないのかもしれない。

 

 俺はふと、「……ていうか、なんで、あんなにお前がんばってたの?」と小石川に聞いていた。

 「それ、聞きます?」と、小石川は少し悲しい声で言った。

 俺は、こういうところが俺の悪いところなんだな、とあらためて思った。

 「……ごめん、なんか。ずるいよな、確かに。相手の気持ち聞こうとすんのは」

 小石川は、驚いたような顔をして「え」と、声に出した。

 「なんだよ」

 「……いえ、先輩もそういうこと考えるんだーって思って」

 「俺を何だと思ってるんだよ。いろいろ考えてますよ。これでも」

 「ふふ。なんか、先輩ってよくわかんないですね」

 「お前が言うなっつーの。俺からすりゃ、お前のがよっぽどわかんねーよ」

 「そうですか?私、めちゃめちゃわかりやすい人間ですよ?」

 「どこがだよ。俺は、振り回されっぱなしだよ」

 「じゃあ、どうすれば、私のことわかってくれますか?」

 

 小石川は身体を起こし、俺を見つめた。

 「……それは」

 と、俺が返答に困っていると、小石川は俺の手を浴衣の中に入れて、胸に触らせた。一瞬、不可抗力でもんでしまい小石川は「あっ」と声をあげた。

 かつて、偉大なる桂正和先生は名作『アイズ』において、お尻の感触を「壊れないプリン」と表現していたが、おっぱいも間違いなく、「壊れないプリン」の感触である。

 などと、妄想している場合ではない。

 「ちょっと、何してんだ」と俺は小石川の手を放す。

 

 「こうしたら、わかりやすい、かなって」

 「お前な、こういうことされたら、男なら誰だって」

 誰だって、なんだろう……。

 「いいですよ。私、先輩となら」

 「俺は……」

 「先輩は、したくないんですか?」

 「そういうわけじゃないけど」  

 「ずるいです。「先輩の先輩」とは、いろいろエッチなことしたくせに」

 いつから、そんなことになったんだ……。

 「してねえって!何にもしてないって言ってるだろ」

 「「先輩の先輩」は『秘密』なエロいことをした、って言ってましたよ?」

 「いやいやいや、『秘密』を話したって言っただけで、エロいことしたなんて一言も言ってないだろ先輩も」

 ていうか、秘密なエロいことってなんだよ。

 「ふーん。でも、男と女が一つ屋根の下で一夜を過ごしたら、何かあるって言ったの先輩じゃなかったでしたっけ?」

 それ、第4話ぐらいの話だろ。

 もはや、懐かしいわ、とは言えなかった。

 というか、俺は、何の話をしているのだ。

 「……確かに、そうだけど。それは、一般論だ。一般論。だって、現に、その、俺たちだって、今から泊るわけだし」

 「だから、何かあるって思っていいわけですよね?」

 「……いや、その」

 「触ってください」

 と、また小石川は俺の手を両手でつかみ、浴衣の中にいれる。

 「おい」と、言いつつ、今度は、俺は手を放すことができなかった。

 小石川の両手が震えているがわかったからだ。

 

 「ドキドキしてるのわかります?」

 正直、俺のほうの心臓の鼓動が高まっていて、全くよくわからない。

 「……」

 「私だって、怖いんですよ?こんなことするの。……でも、先輩は、これくらいしなきゃ、わかってくれないから」

 俺の煮え切らない態度が、小石川をここまで追い詰めてしまったのだろうか。

 「……ごめん」

 と、俺はゆっくりと小石川の両手を左手で離し、右手を小石川の胸から離す。

 「奥さんのこと、ですか?」

 俺は首をふる。

 もう、これ以上、「答え」を先延ばしにするわけにはいかないのだ。

 「俺、今から、すっげえかっこ悪いこと言うけどいいか?」

 「はい」

 小石川は真剣な表情で言った。

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