第23話 湯けむり温泉〇〇事件 (軽井沢編⑩)

 「じゃあ、俺は大浴場行ってくるから」

 と言って、俺はタオルを持って部屋を出ようとする。


 「はい!じゃあ、6時にここに集合ですね」

 「……お前、ほんっとうに、ここの露天風呂入るの?」

 小石川は先ほどから、客室露天風呂にお湯をいれていた。

 蛇口から温泉が出ているという。……なんという贅沢な。

 しかし、小石川がこの露天風呂を使うというのは、正直、嫌な予感しかしない。

 「入りますよ。だって、せっかくあるんだから」

 と、ベッドの上で足をのばして小石川は言う。

 ……そういうことすると、足に目がいくので注意するように。

 「……。ぜったいに、6時にはちゃんと服に着替えてろよ」

 「はい!……あ、これって、逆に受け取ったほうがいいやつですか?」

 小石川は手をぽんとたたいて言う。

 そのダチョウ倶楽部の上島的な「押すなよ!絶対に押すなよ!」って言っているのを、「押せよ」に変換するかんじって、全世代共通認識なんだろうか。

 この場合は、当然、そういうフラグではない。

 「これは、素直に受け取っていいやつ!そういうありがちなラブコメのアレはいらないからな」

 「え。つまり、先輩が帰ってきた時に、私が、ちょうど、お風呂上りで、「キャーっ先輩さんのエッチ!!」みたいな、『ドラえもん』のしずかちゃんが一か月に一回はやる、アレのことですか」

 「……うん。そう。丁寧な例え話ありがとう。つまり、そのアレだ」

 『ドラえもん』のしずかちゃんのアレも全世代共通認識なんだね……。

 「わっかりました!じゃあ、しずかちゃん的なギリギリのラインで攻めてみますね」

 いや、それわかってて、わかってないことやるやつだよ?

 「お前、本当にわかってるな?信じるからね?本当に」

 俺は駄目だしの念押しを押す。

 「ふふ。なーんか、こういうかんじのノリ、久々感ありますね」

 確かに。こういう不毛な会話もとい楽しい会話をしていると、日常に戻った感じがする。

 「……まーな。じゃ、行ってくるな」

 「はい、いってらっしゃい」

 

 サウナ付きの大浴場は広く、ここにも当然のように露天風呂があった。

 俺は、身体を洗って、露天風呂につかり、「あー」と、おっさん的な声を上げてしまう。

 この軽井沢で、本当にいろいろなことがおこった。

 いきなり浅倉先輩に出会い、観光し、一緒に泊まることになり、そして小石川たちと出会い、テニス対決があり、なぜか、今、一緒に泊まることに……。

 疲れをとって、心の整理するつもりが、余計にこんがらがってきた気もした。

 しかし、テニスの試合を見ていて、俺は俺自身でもわからないうちに「答え」を見つけたような気がしていた。

 

 「もどったぞー」

 と、ノックをした後、部屋の中に入る。

 返事はなかった。

 「……おーい、小石川?」

 俺の嫌な予感は大体、的中するのだ。

 「小石川、いるなら返事しろ!」

 蚊のなくような声がテラスから聞こえた。

 テラスに行くと、真っ赤な顔をして、仰向けになっている小石川がいた。

 ギリギリ、タオルで見えてはいけないところを隠していたが、ほとんど裸も同然だった。

 「せ、せんぱい」

 「ちょっと、何やってんだよ!」

 「の、のぼせました……動けなくなっちゃって」

 「バカ!!……ど、どうしよう」

 「あの、ベッドまで動かしてもらえると助かります……」

 それは、そうなのだろうが、今の状態の小石川を抱えるとなると……。

 「マジかよ……」

 「訴えたりしないんで……すみません」

 しかし、今は、そんなことを言ってる場合ではない。

 「マジで訴えないでくれよ」

 俺は、小石川の肩と膝に手を回し、お姫様抱っこの状態でベッドの方へ行く。

 こんなことをしたのは、妻と結婚した時に、カメラマンに無茶ぶりされた時ぐらいである。はっきり言って、非力な俺には、相当大変なのだが、これが、一番、身体の密着度が低いと思ったのだ。

 しかし、当然のごとく、動かした瞬間にタオルがとれた。

 まさに、ポロリとでも言うように、小石川の両胸が重力にしたがってゆれた。

 「あ……」と、小石川は声を出したが、俺はなるべく小石川のほうを見ないようにして、ベッドにゆっくりと降ろした。

 「ありがとう、ございます」

 「バスタオル持ってくるから!さすがに、自分でふけるよな?」

 「はい。大丈夫です」


  俺は頭をぶんぶんふって、お経を頭の中で唱える。

 「南無妙法蓮華経」しか知らないので、それを繰り返すだけなのだが。

 俺は、この事件を湯けむり温泉全裸事件と名付けようと思う(なんじゃそりゃ……)。

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