第22話 後輩と客室露天風呂  (軽井沢編⑨)

 小石川に連れられて到着したホテルは軽井沢駅からバスで40分以上もかかる場所にあり、山に囲まれた広大な場所に建つ高級ホテルだった。

 美咲が急用で泊まれなくなったホテルに急遽、俺と小石川の二人で泊まることになったのだ。テニスのくだりもあって、当然、俺に断る権利はなかった。

 案内された部屋の中は広く、リビングと寝室があり、テラスには客室露天風呂があった。

 

 「また、すげえところに泊まろうと……」と、俺が絶句していると、小石川はテラスに出て、「わぁー!部屋に露天風呂ついてるの初めて!」と湯のはっていない浴槽に入り、はしゃいだ。

 

 「ていうか、聞き忘れてたけど、美咲……久能さんとはどういう関係なんだよ」

 「えーっと。それは秘密です」と、小石川は目をそらす。

 「……あやしいな」と俺は疑惑の目を向ける。

 小石川は観念したように、「嘘です。私も先輩と同じですよ。客なんです。美咲さんの」と言った。

 「えええ。マジか……」

 まさか、こんなに近くにあの神マッサージユーザーがいたとは……。

 「それで、マッサージもですけど。ああいう方なんで、結構、相談にも乗ってもらってて。それで仲良くなったんです。……私も初めて知りましたよ。先輩と美咲さんが知り合いなんて」


 俺の相談を聞いていた時も、小石川のことは全部知っていたのだろう。

 そして、小石川からは、小石川サイドの相談を受けていて、何も知らないフリをして相談にのると。

 「……ま、あいつならありえるな」と、俺は妙に納得してしまう。

 「今日も、本当にたまたま、二人で旅行しようって言ってたのが軽井沢だっただけで、偶然なんですよ?先輩がこっち来てるなんて、全然知りませんでしたし」

 「そりゃそうだろう。誰にも言ってないからな」


 本当に一人になりたかった俺は、旅行の計画を誰にも話さず、軽井沢に行くことすら、前日に決めたほどだった。

そのせいで、ホテルの予約もしない無謀な旅行になってしまったわけだが。

 「だ、だから、あのストーカーとか、そういうんじゃないですから!」

 小石川は、ずっと、そんなことを気にしていたのだろうか。

 確かに、あり得ない偶然ではあるが、映画や小説なら、そんな偶然はよくあることだ。

 ……いや、この現実が映画や小説だって言いたいわけじゃないけれど。


 「……ははは。そんなこと思うわけないだろ。ていうか、俺がそれを疑われる立場だから」と、俺はあえて自虐をすると、「え。ストーカーなんですか?先輩」と小石川は疑いの目を向ける。

 「ちっげえよ。だから、そういうのは俺みたいなおっさんが、お前みたいな若い女子にやるもんだっていう一般論であって」

 「ふーん。でも、あの「先輩の先輩」にデレデレしてたからなあ。確かに、ストーカーの気質ありますね」

 「浅倉先輩な!……そんなにはデレデレしてねえよ!」

 多少はしていたかもしれないが……。

 「ふふ。でも、今日は来てよかった」

 「なんでだよ」


 「だって、先輩に会えたから」


 臆面もなく、小石川が言うもんだから、固まってしまった。

 「……やめろよ。そういうこと言うの」

 「あ、照れた。……先輩、ちょろいです」

 「おま……。俺の扱いに慣れすぎだろ……」

 「へっへー。一流の先輩マスターにまた一歩近づきました」

 「先輩マスターってなだよ」 

 「わかりませんけど(笑)」

 「それより、どうします?」

 「なにが?」

 「お風呂、一緒に入ります?」

 小石川は、浴槽を指さして言う。

 確かに、二人くらいなら一緒に入れそうな大きさだ。

 しかし、問題は湯船の大きさではない。

 

 「……ばかっ。入るわけねえだろ」

 一般常識的な問題、である。

 「ええー。まったく、そういうとこ、ほんと、先輩ですね」

 小石川は本気で言ったわけではないだろうが、ふくれっ面で答えた。

……意味がわかんねえよ

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