第21話 先輩VS後輩 その2(軽井沢編⑧)
テニス。
あまりにも、自分の人生に縁が薄い競技である。
先輩は体育の授業で経験したと言っていたが、俺には全く記憶がない。
おそらく、選択授業で、俺はゲートボールか何かを選んだのかもしれない。
しかし、テニスという競技には全く、興味はないが、テニスウエアを来た女性は美しいということに、俺は今日、初めて気が付いた。
小石川も浅倉先輩もミニスカートのテニスウエアを着ていた。
テニス用語ではスコートと言うらしいが、太ももがほとんど見えるようなミニスカートである。……それで、動いて大丈夫なの?
「先輩、何、エロい目で見てるんですか、いやらしい」
と、小石川は、スカートの後ろをおさえながら言う。
「べ、別に見てねえし。ていうか、それで動いたら……」
「ああ。アンダースコートはいてるから大丈夫ですよ」
「アンダースコート?」
「見せパンですよ。だから、いいですよ?」
「何が?」
「ちょっとくらい見ても」
小石川は、スカートをちらっとめくろうとする。
「やめろっての」と、俺はあわてて止めようとする。
「ふふ。うっそー」
近くにいた浅倉先輩は咳払いし「まだ、やらないのか?私の準備はできているぞ?」と言った。
「もちろん、私も準備はできています」と小石川は答える。
「……お前、あの、あんまり無理すんなよ」と俺は小声で言った。
「え?大丈夫ですよ。私、こう見えて、結構運動神経いいんですよ?」と小石川は答える。
「いや……。先輩は、本当にすごいから」
小石川はむっとして「はいはい。先輩が「先輩の先輩」が好きなのは、よくわかりましたから、とっととあっちで見学してください」と言う。
俺は、コートの外に出る。
小石川はわかっていない。
浅倉先輩が「勝負事」でどれだけ強いのか。
「先行はゆずります。私、経験者なので」と、小石川は先輩に行った。
「いや、結構だ。それで、負けたと後から言われても面倒だからな」
「……わかりました」
小石川は「フィッチ?」と言って、ラケットをくるくると回す。
浅倉先輩は「アップ」と言う。
後から、グーグルで調べると、これはテニスのサーブとコートを決めるやり方らしい。
ラケットの表面が倒れれば「アップ」、裏面が倒れれば「ダウン」と、答え、当たれば、当てた方がサーブかコートを選ぶらしい。
ラケットは裏面で倒れた。つまり、「ダウン」である。
小石川は「じゃあ、サーブで」と言った。
先輩は「まあ、どっちでもいいが、こっちのコートで」と指さした。
「手加減はしませんから」
「いいぞ。全力でやってくれ」
小石川は、ボールを上げ、綺麗にラケットで打ち込んだ。
ボールは素人目にも速く見えた。
「どうです。このサーブ!中学時代、これだけは褒められたんです!」
小石川は自信満々だった。しかし……。
先輩は、そのボールをいとも簡単にレシーブした。
その打球は、小石川のサーブよりも速く見えた。
コートの隅に打ち返されたボールに小石川は追いつかず、早くも先輩がリードを奪う。
「確かに。なかなかだな。……女子にしては」
と、先輩は不敵に言った。
「テ、テニス経験者ですよね!こんな、すごいレシーブ!」と、小石川は話が違うとばかりに言う。
うーん。それって、最初は強気でいきがっていたけど、最後は負ける奴のセリフっぽいなあと俺は思う。
「だから、体育の授業だけだが?」と先輩は首をかしげる。
「そんな……」
「悪いな。私は、勝負ごとに強いんだ」
自分から言い出したこととはいえ、さすがに、小石川が可哀相になった。
先輩の勝負事万能設定は何にでも通用しすぎる。
その後も、ほとんどラリーにもならず、先輩が一方的に得点を重ねる、すこぶるつまらないゲームとなった。
そして、当然のごとく、先輩が勝利した。
「……強すぎるよ」
小石川は泣きそうだった。
自分から言い出したのに、ぼこぼこにされたのだから、恥ずかしさもあいまって、打ちのめされていたのだろう。
「私の3年間の努力は……」
俺は、小石川に近寄り、「いや、先輩は、本当に人外的な力持ってるから。あんまり気にしないほうがいいぞ」とフォローする。
「先輩は黙っててください!」と、小石川は俺に怒鳴る。
「お、おう」
せっかく、フォローしたのにこの仕打ち……。
「もう一回、もう一回お願いします」と、小石川は浅倉先輩に頭を下げた。
「おい、本当にやめとけって」と、俺は、小石川を止めようとするが、「私はいいぞ。何度でも」と浅倉先輩は答えた。
「ありがとうございます」
小石川の目は死んでいなかった。
なぜか少年漫画の主人公みたいで、かっこいいなと不覚にも思ってしまった。
「ふふ。なんか楽しくなってきた」
先輩は、小石川の、予想外のガッツを見て、なぜか嬉しそうだった。
先輩は、根性とか、やる気とか、そういう精神力みたいなものが大好きなのだ。
「はあ、はあ」
小石川は、肩で息をしていた。
5セット連続でプレイをし、当然のごとく、先輩は5連勝した。
勝負事に先輩の妥協はない。
「どうする?もうやめるか?日も暮てきたし」と、先輩は提案する。
「まだです。まだ、やります」と、小石川は先輩を見た。
「そうか……」と、先輩は、ラケットを構える。
さすがに、もう無理であるのは、誰の目にもあきらかだった。
小石川はよくがんばったが、先輩に勝てるはずはないのだ。
「おい、本当にやめろって。なんで、こんなことにこだわるんだよ。別に、いいだろ。俺がどこに泊まったって」
「いいわけない!……じゃ、ないですか」
小石川は絞り出すような声で言う。
……なんで、そこまで。
「……あの」
俺は、気が付くと、先輩に話しかけていた。
「なんだ?」
「次、俺がやりますよ。こいつも、ちょっと疲れてるみたいだし。先輩さえよければ」
小石川は「先輩?」と驚いたように言う。
「……私はかまわないよ」と、浅倉先輩は応じた。
「よし、じゃあ選手交代だ」と、俺は小石川の前に行って、手を出す。
小石川は首をふり、「何でですか。やめてください。私はそんなことしてほしくない」と悲しそうに言った。
「お前が、どう思ってるとか関係ねえ。後輩が困ってるなら見過ごせない。まあ、俺は本当のド素人だから、役に立たないとは思うが」
「……先輩。私……」
突然、浅倉先輩は、「あーあ。なんか、白けたな」と言って、コートを出た。
そして、「試合に勝ったのに負けた感じがするのはなぜだ?これが、試合に勝って勝負に負けるってやつか?」と、自問自答していた。
「先輩……すいません」と、俺は、頭を下げる。
「謝るなって。なんかむかつくから」
浅倉先輩は、困ったように笑った。
俺たちは、バスで軽井沢駅まで戻り、別れることにした。
「じゃあ、私はまた悠々自適な一人旅行に戻るよ。また、会おうな三寿」
「先輩、楽しかったです。本当に。その、ありがとうございました」
「私こそ、楽しかった。……三寿、いい男になったな」
先輩は、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「え……はは。すげー嬉しいです」
俺も恥ずかしかった。先輩みたいな人に、褒められるのは、本当に嬉しいのだが、面と向かって言われるとどんな顔をしていいのかわからない。
それは、一瞬の間だった。
先輩は、俺の頬に手を当て、口づけした。
時が止まるとは、まさにこのことで、俺は真っ白になり、再び、時間が動き始めたのは数秒後だった。実際にジョジョネタを使う暇もないほどの時の止まり具合だった。
「ふふ。今度、会う時は、もっといい男になってるんだろうな。またな」
先輩は、すっと離れて、気が付けば、見えなくなっていた。
「はい……また」と俺が言った言葉が先輩には聞こえていたか俺にはわからない。
「……せ・ん・ぱ・い」
小石川の声で俺はやっと目が覚めたような気がした。
「お、おう。なんだ、いたのか」
「いますよ!さっきから。ずーっといます。なーに、デレデレしてるんですか!キモいですよ。顔が!」
「ひどいなお前。……ていうか、すごい聞いていい?」
「なんですか?」
「美咲……久能さんいなくない?」
そう、あいつ、テニス始めたくらいから、まったくいないのだが。
熱くなっていて、誰も全然、気にしてなかったけれど。
「……あ、ラインきてる」
と小石川はスマフォを見る。
「なんだって?」
「なんか……急用ができたから、帰るって……」
んんんん?
それって、つまり……。
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