第20話 先輩VS後輩 その1(軽井沢編⑦)

 食事の席が和やか(?)になったところで、小石川は、今まで、自然にスルーされてきた問題に手を入れる。すなわち……。


 「それで、結局、お二人はここで何してるですか?」

 

 一瞬、場が凍る。

 俺が「それは、」と言いかけたところで、浅倉先輩は「旅行だよ。たまたま、軽井沢駅で出会ってな」と答えた。

 「へー、たまたまですか」と、納得していない様子で小石川は言った。

 「そうだ。軽井沢駅でたまたま。二人とも一人旅だったから、一緒に行動しているだけだよ」

 

 そう、何も間違ってはいない。

 たまたま、偶然、俺たちは軽井沢で再会しただけなのだ。

 「ふーん。今日、着いたんですか?」

 答えは「いや、昨日からだ」である。

 しかし、こういう疑問に対する答えは、例えば、「そうだよ」でもいいのではないだろうか。波風を立てない、というのも社会にとっては大切なことである。

 もし、「昨日からだ」と、答えたのなら、当然、その後は、どこに泊まった?何をしていた?など、あらゆる疑惑の目にさらされるのだ。

 

 芸能人のスキャンダルなどを考えてみればいい。

 少し、相手の家に泊まって、朝帰りなどしようものなら、一気に大炎上である。

 しかし、本当は、ただ、何もせずに「泊まっていた」かもしれないではないか。

 現に、俺と先輩は、昨日の夜、何もしなかったのだ。

 強いて言えば、トランプをしたくらいだ。

 だが、それを信じるか信じないかは聞いたものが、どれだけ、俺と先輩の関係性をわかっているかによるのだ。

 したがって、この場での回答は、「そうだよ」にすべき、という俺のコンマ数秒の思考と願いは浅倉先輩には全く届かなかった。


 「いや、昨日からだよ」

 

 ですよねー。嘘とか言えませんもんねー。

 俺は、遠くの山を見る。あー、自然っていいなー。


 「……えっと、じゃあ、別々のところに泊まって、また待ち合わせして、今日も一緒に行動してるかんじですか?」

 「いや、一緒のホテルに泊まったんだ」

 うんうん。全く想定の通りの会話が進んでいくのに、なぜ冷や汗が止まらないのだろうか。

 「……へえ。それは、なんで、ですかね」

 「三寿がホテルの予約をとってなくてな。他は予約がいっぱいだったから、私のところに一緒に泊まることになっただけだ」

 小石川はじとっとこちらを見た。

 いや、違いますよ?

 「いや、誤解するな。本当に、ただ、泊っただけだ」 

 「そうだ。やましいことは何もしてないぞ。まあ、お互いの秘密みたいなことを話したぐらいだ」

 

 先輩??

 すいません、今、別にそれ言わなくてもいいんじゃ。

 というか、それを話している時点で、「秘密」のこと「秘密」にしてないし。

 「『秘密』って何ですか」と、当然のように小石川は質問した。

 その声には、怒気が含まれている気がした。

 「『秘密』だから、当然、ここでは言えないな」と、当然のように先輩は答えた。だから、そう答えるなら、そのこと自体を言わなければ……。

 小石川は、また、俺をじとっと見る。

 俺は、「はは」と笑うしかない。

 「……ちなみに、先輩は、今日どこに泊まるんですか?」と、俺に小石川は質問する。

 「え、ああ。どう、しようかな」


 このまま、小石川たちに会わなければ、先輩は俺をまた、泊めてくれようとしていたのだろうが、俺は、もう今日、帰ってもいいかなと思っていた。

 まだまだ、整理はできていないが、先輩のおかげで、かなりすっきりした(当然、性的な意味ではない)。

 というか、これ以上、一緒に狭い部屋で泊まったりするのは、本当にまずいと思っているのも事実である。


 「まあ、帰っても」と言いかけた時、浅倉先輩は、「まあ、もう一泊私も滞在する予定だったから、私の泊まる旅館になるな」と俺の代わりに答える。

 えーっと。

 小石川は「でも、別に、「先輩の先輩」のところじゃなくてもいいわけですよね。今の話だと。私と美咲さんが一緒に泊まる部屋でもいいんじゃないですか?」と返す。

 ていうか、いい加減、その「先輩の先輩」はやめろっての。

 「女子二人の部屋にか?それは、三寿もかわいそうだし、君たちも嫌だろう?」

 「私は全然いいですけど?それよりも、男女の関係でもない二人が一緒に泊まることの方がよっぽどおかしくないですか?」


 なんか、本当に空気が悪くなってきた。

 こういう時こそ、超一流マッサージ師、いや、探偵の出番(?)なのではないのかと、俺は美咲に助けを求めようとするが、手に顎を置いて、完全に熟睡していた。

 ……どこまで、自由な奴なんだ。どおりで、さっきから静かだと思えば。

 「あの……」と、俺は二人を制そうとする。

 「ちょっと、黙ってろ」

 「ちょっと、黙っててください」

 あまりに、俺は、無力であった。

 「……はい」と、俺は小さくなる。

 女子ってこういう時、本当に怖い。


 「わかりました。じゃあ、こうしましょう。外にあるテニスコートで決めませんか?」と、小石川は、提案する。

 たしかに、来る途中、バス停の近くにテニスコートがあった。

 「テニス?勝ったほうの部屋に泊まるってことか?」

 「そうです。でも、私、中学でテニス部だったんで、自信なければ、やめてもいいですけど」

 小石川は挑発的に言った。

 俺の知っている小石川らしくない言い方だった。

 もしかしたら、それは、先輩に勝負を受けさせるためだったのかもしれない。

 「いいぞ。まあ、そんなに得意でもないけど、多分、大丈夫だろ」

 そして、先輩は当然のごとく、勝負を受けた。

 先輩が勝負事を持ち掛けられて、逃げることはない。


 しかし、君たち、ちょっと待ってくれ。

 俺の意思は……。

 「今日、帰るから、やめましょうよ」とは言える雰囲気でもなくなり、俺たちはテニスコートへ向かう。

 なんで、こんなことになったんだ。

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