第19話 修羅場だョ!全員集合 その2(軽井沢編⑥)
軽井沢バーガーという、いかにも安易なネーミングのハンバーガーの「信州産黒毛和牛100%」という謳い文句にまんまと惹きつけられ、俺たちはテラスで4人、ハンバーガーを食べることにした。
「もう!一体、何話出てないと思ってるんですか!!」
と、席につくなり、急に小石川は怒り始めた。
「この小説のタイトルなんだと思ってるんですか!『会社の後輩はちょっとエッチな天使で小悪魔』ですよね!?」
おいおい。いきなり、そんなメタな話はやめろ。
「『会社の後輩』。つまり、主人公である私がなんで、こんなに出番が少ないんですか!」
激怒であった。
しかし、そんなことを俺にクレームされても困る。
俺は、小説の一登場人物でしかないのである。
というか、こんな筒井康隆的な会話は当然、俺の妄想であり、現実には、静まり返ったまま食事は続いていた。
気まずい……。
筒井康隆的な妄想を始めてしまうぐらいには気まずい……。
「あの、先輩の……奥様ですか?」
口火を切ったのは、現実でも、やはり小石川だった。
浅倉先輩は「違う。私は、高校時代の先輩だよ。三寿とは同じ文芸部だったんだ。浅倉楓だ。よろしく」と小石川に答えた。
「先輩の……先輩、ですか」
まどろっこしい言い方するな……。意味がわからなくなる。
「三寿のことを先輩と言うということは、会社の後輩の……」
「小石川梓です。先輩には、いつも手取り足取り教えてもらっています」
なんか、その言い方、いやらしくない?
「……ほう。手取り足取り、ねえ」
先輩は、疑惑の目を向ける。
「普通に、普通に教えてますよ。当然」
なぜか、小石川は不服そうに「じゃあ、普通に教えてもらってます」と言い直した。
「それじゃあ、あなたも、会社の?」
浅倉先輩は、美咲に向かって尋ねる。
美咲は、もぐもぐとハンバーグを頬張りながら、「いや、私はただの一流のマッサージ師で探偵をやっているものです」と左手で器用に名刺を先輩に出した。
「マッサージ師で、探偵……」
先輩は考えをまとめるために繰り返し名刺を見つつ、「なるほど」と言った。
何が、「なるほど」なのかは、俺にはさっぱりわからなかった。
「三寿さんとは、セフレってかんじっすね」
「「え」」と小石川と浅倉先輩が声をそろえ、俺は、飲んでいたジュースを漫画のように吹き出しそうになった。
「っていうのは、嘘で、ただのお客さんっすね(笑)」
ペロっと舌を出し、美咲はイタズラが成功した子どものように満足そうだった。
「ちょっと、食事中に変なこと言わないでください!」
小石川は美咲に怒りながら言った。
「まーまー。後輩ちゃん。ちょっとしたジョークっすよ。なんか、三寿さんを目の前にすると、言いたくなるんすよ。わかるでしょ?」
「うーん……。まあ、それはわかりますけど」
と、小石川はすぐに同意した。
「いやいや、それで納得すんなよ……」と俺はツッコもうとするが、「確かに、それは私もわかるぞ」と浅倉先輩も便乗した。
「何、三人そろって、俺のことからかってるの!?」
「いやいや、これだけ女子がそろって、そう言うのだから、天性の才能があるってことだ。もっと、誇っていいと思うぞ?」
「そうですよ。先輩には才能があるんです。それって、みんなにあるものじゃないんですよ?」
「いやあ、三寿さんは、本当にすごいっす。天才っす」
褒められているのに、全く嬉しくない。
大体、この人たち、初めて会ったのに、何、意気投合してるんだ……。
「いや、からかわれることに才能があるとか言われてもね……」
「先輩、「からかわれ」は今トレンドですよ?ほら、『からかわれ上手な三寿さん』って漫画売ったら、売れるかもですよ?」
デジャブ?それ、俺、なんか前に考えた気がする……。
「そんな、トレンドいらねえよ。何が悲しくて、嬉々としてからかわれにゃ、ならんのだ」
「え、嬉しくなかったんすか?」と、美咲は驚愕の表情をする。
「……ごめん、な。私、勘違いしていたんだな」と、浅倉先輩は申し訳なさそうに言った。
「先輩、見損ないました……」と、小石川は涙目で言う。
え……。何、この俺が全部悪いみたいな雰囲気。
「なんか……ごめん。別に、からかわれるのが絶対嫌とかじゃ、ないからね」
俺は、釈然としないが、一応、謝った。
「なんか、無理して言ってる気がするっすね」
「無理しなくていいんだぞ?私はもう、お前をからかうのを一切やめる」
「先輩、嫌いになりそうです」
ええ……。
これ、もう新手のイジメですよね……。
なぜ、こんなにも弱い立場に。
しかし、この3人に対抗できるか否かと聞かれれば、俺は断言できる。
否である!……と。
「すいません。俺はからかわれるのが大好きなんです。どうぞ、今後とも何卒、からかっていただきますよう、宜しくお願い申し上げます」
俺は、頭を下げた。
プライドなぞ、ない。
3人の女子は顔を見合わせて、「だから、三寿(さん)は、いいんですよー」などと言って笑った。
うん、君たち、すっかり仲良くなって良かったね……。
少し、泣きそうになった。
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