第13話 探偵はマッサージ店にいる ②


 「それは……マジでキモいっすね」

 「だから、キモいって言うな」

 今までの、小石川とのあれこれ、おおよそ文字数にすると3万字、つまり原稿用紙75枚程度の話を要約して、俺は美咲に話した。

 ……大変だった。

 「なんというか、中学生の恋愛相談的な何か言い知れないおぞましさを感じます」

 美咲は舌を出して気持ち悪そうに言った。

 「なんで、お前は中学生の恋愛相談におぞましさを感じるんだよ。ていうか、中学生の恋愛相談じゃねえっての」

 「じゃあ、なんなんすか?はっきり言って、私には、その話に何が問題があるのかすらよくわからなかったんですが」

 「問題っていうか……。別に問題じゃねえけど。ただ、聞いてもらいたかっただけかもしれない」

 「ふーん。いや、それはそれでキモいっすけど(笑)ま、よくわかったのは、三寿さんがその後輩ちゃんのおかげで幸せになりそうだってことっすかね」

 「……どうゆう意味だよ」

 「え。あれ、違います?自覚ないかんじっすか」

 「なんで、小石川のおかげで俺が幸せになんだよ」

 「マジすか。……後輩ちゃんも可哀相だなあ。こんなん相手に頑張っても意味ないよ。可愛いんですよね?ちょっと、写真見せてくださいよ」

 「いいから、ちゃんと説明しろよ」

 「怖っ。なんすか、もー。せっかく、人が親切に話聞いてやってんのに。……じゃあ、親切に教えてあげますよ。三寿さん、後輩ちゃんを利用してんすよ」

 「……何言ってんだ?」

 「うわっ。ちょっと、その顔、マジで頭にきた。もー言わない。そんな顔すんなら、もう言わないからね」

 自分ではわからなかったが、相当、険悪な顔をしていたらしい。

 確かに、自分から頼んでおいて怒るのはお門違いも甚だしい。

 「……悪かったよ。ちゃんと聞くから、許してくれ」

 俺は、反省して、頭を下げる。

 「そういう素直に謝っちゃうところ、好感度高いっす。さすが、三寿さん。今回は許します」と、美咲はすぐに許してくれた。

 「どうも。で、なんだよ「利用」って」

 「どうもこうも、奥さんいなくなって寂しいところに、好意をよせてくれる後輩ちゃんが現れました、と。後輩ちゃんのおかげで毎日は楽しい。でも、奥さんのことは忘れられないから、後輩ちゃんの気持ちには応えてあげない。つまり、三寿さんは、奥さんを手放さないでいいし、その可愛い後輩ちゃんも手放してはあげない。二人とも手に入れてるハーレム状態なんすよ。うわー。うらやましー。風邪の看病に、チューまでされちゃって(笑)ひゅーひゅー。男前やで、ホンマにこの人は」

 なんで、最後だけ関西弁……。

 いや、そんなことは、どうでもいい。

 「……ぜんっぜんちげえよ」

 「え、あれ。そうすか?ちなみにどの辺が?」

 「俺は、嫁には3年前に逃げられてんだぞ。それで小石川は、なんていうか、勘違いっていうか、あいつは優しいだけで、俺を好きとか、そういうんじゃねえ」

 美咲は、唇に指を置き、少し考えるそぶりをして、すぐに「そっか!わかった」と言った。

 「……何がだよ」

 「確かに、今の話からじゃ、後輩ちゃんが三寿さんを本当に好きかどうかまではわからないっすね。とんでもねービッチか詐欺師の可能性だってあるし」

 「小石川はそんなんじゃねえよ!」

俺はとっさに、語気を強める。

 「はい。それです」

 「は?」

 「だから、それっすよ。今、めちゃめちゃ怒りましたよね。彼女を悪く言われて」

 「……そりゃ、しょうがねえよ。後輩だから」

 「三寿さん。彼女があなたを好きかどうか、それは私にはわからないっす。でも、これはわかります」

 「だから、何がだよ」


 「あなたが、彼女を好きなんですよ」


 美咲は、俺の目を見て真剣に言った。

 俺は、言葉が出なかった。

 俺が小石川を?

 今まで、そんなこと考えもしなかった。

 しかし……。


 「うっわ。まーた、当ててしまったか。さすが名探偵。じっちゃんの名にかけて!って、まだ、全然生きてますけど、うちの祖父(笑)」

 「なんで、そうなんだよ。後輩だから怒ったって言ってんだろ」

 「あ、まだ、説明しなきゃいけないかんじ?めんどくせーな、これ。じゃあ、今すぐ彼女に「お前のことは何とも思ってないから、今後は仕事以外で関わるのやめてくれ」とでも言えばどうですか?」

 「そんなこと……」

 「中途半端なんすよ。三寿さんは」

 美咲の口調は厳しくなる。

 それこそ、犯人を追い詰める探偵そのものだ。

 「自分では優しいつもりかもしんないすけど、相手からすりゃあ、その煮え切らない態度が逆につらいってこともあるんすよ?奥さんのこと本当に一生でも待ってる気なら、そんな小娘、ちゃちゃっと追い返しゃいいだけの話でしょ。それを、ラブホ行って、映画行って、ファミレスで朝までくっちゃべって、更衣室に一緒に入って、挙句の果てに家にいれて、キスされて。それ、全部、自分はやりたくなかったことだとでも言う気すか」

 あらためて、今までやったことを言われると、恥ずかしくなる。

 「ちげえよ」と目をそらしながら、俺は言い返す。

 やりたくなかったことなんて、一つもないのだ。

 美咲は、手をぽんとたたき、「わかった。じゃあ、好きじゃないってことは、あれか」と言った。

 「なんだよ」

 人差し指と中指の間に親指を入れて「ヤリたかっただけか(笑)」とオッサンのような笑い方で美咲は言った。

 「ふざけんな。だったら……」

 「だったら、ラブホに行ったタイミングでできたって?でも、しなかった。なぜなら、奥さんに悪いと思ったから。いや、違うな。奥さんを待っている自分でありたかった、っていうのが正確ですか?奥さんは待っていたい。後輩ちゃんにも好かれていたい。うーん。やっぱり、三寿さんて、あれっすよね。優柔不断を装って、実は強欲っすよね(笑)」

 俺は、もう何も言い返すことはできなかった。

 久能美咲、やっぱり、こいつは超一流のマッサージ師であり、探偵なのだ。

 「……そうだよ」

 「え?」

 「そうだよ。俺は、あいつのこと待ちたいんだよ。でも、小石川に、甘えてる。最低な奴だよ。わかってるよ、そんなこと」

 「いやいや、最低な奴なんて。そんなこと誰も言ってないすよ。私、別に責めたりしてないすよ?ただ、その後輩ちゃんが可哀相だなーって思っただけで」

 「……どうしたらいい?」

 俺は真剣に聞いた。

 本当にわからなかった。

 自分がどうしていいのか。

 これから、小石川にどう接していいのか。

 美咲は、一瞬、ぽかんと口を開けた後、「ぶっはははは」と腹を抱えて笑い始めた。

 「……笑ってんじゃねえよ」

 「だって(笑)なんか、思い出しちゃいますね、あの日を」

 「あの日って」

 「3年前、初めて三寿さんがここに来た日に決まってんじゃないすか」

 「……」

 「あの日も、死にそうな顔して、「どうしたらいい?」って聞いてましたね」

 そう、あの日。

 「探さないでください」と書かれたメモを見つけてから、どうしていいのかわからずに途方に暮れて、それでも、何かしないといけないと動きまわって、最後に行きついたのが、ここだった。

 そして、あの日も、俺は同じように、こいつに「答え」を求めたのだ。

 「答えは、あの日と同じっす。「自分で考えろバカ」……っす」

 あの日と同じ、美咲の明解で、はっきりした答え。

 それは、厳しいけれど、優しい言葉だった。

 「……相変わらず、厳しいな」 

 「客は甘やかさないタイプなんで」

 だから、信用できるんだ、とは恥ずかしくて言えなかった。

 「ありがとうな。ちょっと、すっきりしたわ」

 「どーも。こんなんでもお役に立てたなら光栄っすよ。あと、三寿さんがもやもやしてる原因。もう一つあると思いますよ」

 「なんだよ?」

 「たまってるでしょ?」と急に、美咲は、おれに馬乗りになる。

 「ちょっ、何すんだ」

 美咲は、俺の顔に近づき、「いいっすよ?私でよかったら、三寿さんの欲求のはけ口にしてもらっても」と小声でささやく。

 美咲は、口さえ開かなければ、普通に綺麗な小柄な女性だ。

 たばこばっかり吸ってるくせに肌は白く、童顔なのに、出るところは出てて。

 ていうか、胸、当たってる!!

 「……」

 「あ、考えた(笑)」

 「バカ!!ちっげえよ。でも、確かにそうなのかもって思っただけだ」

 この3年間、確かに、誰ともそういうことをしていない。

 それはそれで不健全だったのもあるのだろう。

 ……風俗でも言った方がいいのだろうか。

 「正直な人だなあ(笑)そういうところお金かかるでしょ?今、ヤリますか?」

 一瞬、気持ちが揺れるが、「バカ!冗談でも、そうゆうこと言うんじゃねえよ」と、俺は言った。大体、そんなことしたら、次から、こんな相談できねえだろ。

 俺は、美咲の身体から離れる。

 「冗談じゃ、言わないっすよ?」と、少し首をかしげながら美咲は言う。

 不覚にも、その時の美咲を可愛いと思ってしまった俺は、やっぱり、優柔不断なのだろうか。

 「ぐっ……」

 「ははっ。なーんか、後輩ちゃんの気持ちがちょっとわかるなー。あーおかし」

 「なんだよ、どういう意味だよ」

 「三寿さんは面白いって話っす(笑)」


 ……意味わかんねえよ。

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