第7話 私を映画に連れてって ②
映画が終わった後、俺たちは近くのファミリーレストランに入った。
そこで、初めて知ったのだが、俺と小石川は近所に住んでいたのだ。
小石川には「先輩、ストーカーですか?」などと言われたが、断じてそんなわけはない。なにせ、俺の方が、先にこの街に住んでいたし、映画館にも先に入っているのだ。
小石川は、昼間に眠りすぎて、夜眠れなくなり、思いつくままに映画館に来たという。
だからこその途中入場だったのだろうが、「少しは、他の客のことも考えろよ」と映画ファンの俺は小言を言ってみる。
しかし、小石川は「あー、泣きすぎて頭痛い……」頭をおさえていてまるで聞いていない。上映中、小石川は、誰も笑わないようなシーンで腹をかかえて笑い、誰も泣かないシーンでぼろぼろ泣いていた。ここまで喜怒哀楽を表に出しながら映画を観る人を俺は初めて見た。
間違いなく、あの劇場で映画を一番楽しんだのは、小石川だっただろう。
「頭痛くなるほど、泣くやつ初めて見たよ」
「いや、でも、本当にあんなに泣けるシーン多いなんて思わなくて。こんなに泣いたのトトロ以来かも……」
「トトロ……って、『となりのトトロ』?」
「そうです。「歩こう歩こう私は元気」のトトロです」
「泣けるか?」
「え。泣けますよ。……まさか、泣けないんですか。先輩、大丈夫ですか?」
小石川は心底信じられないといった目で俺を見た。
トトロってそういう映画だっけ?いい映画というのは間違いないと思うが。
「「頭大丈夫?」みたいなニュアンスで言うな。いや、『火垂るの墓』とかならわかるんだけど……。ちなみにどこで泣いたの?」
「そんなの決まってるじゃないですか!カンタが『やーい、おまえんち、おっばけやーしき』って言ってサツキを怒らせるシーンですよ!」
「……泣けるか?」
「泣けますよ。カンタ、私の初恋の人に似てるんです……。思い出しただけで泣けます」
「いや、それお前の個人的な思い出じゃ……」
「カンタのところは全部もれなく泣きますね」
「そうか……。いや、いいんだけどな」
「……なんか、いつにも増してテンション低くないですか?先輩」
小石川は、時々とてつもなくするどい時がある。
たった数か月で小石川が会社の男どもを骨抜きにしたのは、単に可愛いからではない。
並外れて人の感情を読み取る能力が高いのだ。
誰にも気づかれないように体調不良を隠していた時も、小石川にだけは気づかれたこともある。
「そんなことねえよ」と、俺は目をそらす。
「なんか、いつもよりもツッコミのキレがないっていうか。なんか、もっとテンション高いですよ。私にいつもつっこむ時」
「そんなことねえよ。いつも、こんなだろ」
「いやいや、いつもは、『オイィィィ!!そんなわけねえだろぉぉ!!カンタが初恋とかそんなことあるかよぉ!!オイィィィ!!』みたいなマックステンションでくるじゃないですか」
「いつ、そんなことした!そんな最近やっと終わったジャンプ漫画のキャラみたいなツッコミするか!」
小石川は、「ぷっ」と吹き出しそうになりながら、顔をそむけた。
「……おい、頼むから、合わせたのに、途中で梯子外すのやめよう?俺だけ恥ずかしいじゃん」
『銀魂』だろ?新八だろ?わかってるんだよ?
「先輩、映画の感想言わないんですね?」
「……別に。面白かったよ。聞かれなかったから言わなかっただけだ」
「先輩、一人で観るくらい、あの映画楽しみにしてたのに。なんか変です」
「何がだよ……」
「だって、好きなもの観た後って、絶対、何か言いたくなるじゃないですか」
小石川はまっすぐ俺を見て言った。
そう、いつだって、こいつはまっすぐな言葉をおれに投げかけてくる。
あまりにも、まっすぐすぎて、いつも、俺はその言葉を受け止めるのが怖い。
だから、いつもはぐらかし、目をそむけてしまう。
「好きなものを観たからって言いたいことがあるわけじゃないだろ」
「ないんですか?言いたいこと?」
「……」
小石川の言葉をまっすぐ受け止めれば、自分が見たくないもの、逃げてきたものに向き合わなくてはいけなくなる。
映画の話をするとき、そこには、いつもあいつがそばにいた。映画の話をすることは、いつからか、妻と話をすることと同義になっていた。そのイメージから逃げるために、俺は「好きなこと」からも逃げいていたのだろうか。
けれど、いつまでも逃げているわけにもいかないのだろう。
気が付けば、俺は「……言いたいことなんてな」と口走っていた。
「なんですか?」
「言いたいことなんてな、たくさんあるよ!山ほどあるよ!一日中語れるよ!でも、そんなの、映画そんなに観ない奴に言っても引くだろ?価値観の合わない奴の話はつまんないだろ?だから……。いいんだよ、俺の話は」
30を過ぎたおっさんが18の女の子に何を熱く語っているのか、などという自嘲と後悔がすぐには襲い掛からないほど、俺は思いのまま話していた。
まっすぐな言葉にまっすぐに返すなんて、10代の若者だけに許されることだ。
俺は、小石川の顔を見るのが怖かった。
小石川も自分の先輩がこんなに痛い映画オタクだとは思わなかっただろう……。
「引かないです」
目の前の真剣な小石川の顔を見る。
「……」
「私は、先輩の映画の話聞きたいです」
そこには、お世辞や心にもないことを言っているニュアンスがまったくなかった。
「……なんでだよ」
「だって、先輩の話、面白いから」
不覚にも、俺は小石川にドキッとしたのだ。
その笑顔は、中年には反則すぎた。
「小悪魔め……」と、小声で口に出す。
「え、なんですか?悪口言った!?ひどい!!せっかく、いいこと言ったのに!!」
「言ってねえよ。どっちかていうと、褒め言葉……かな」
「なんですか?どうぞ、もう一度、はっきりと言ってください」
「言わねえよ。そんなことより、どうする?」
「何がですか?」
「これから、俺の朝まで生『天気の子』論聞く?」
こんなバカなことを後輩に言う中年。
痛すぎる。恥ずかしすぎる。自分で言ってて死にたくなった。
小石川は「ははっ」とお腹を押さえて笑った。
「んだよ。何笑ってんだ。お前が聞きたいって言ったんだろ」
「ごめんなさい。……先輩って。なんか」
「何だよ?」
「バカですよね(笑)」
「オイィィィィ!なんでだよぉぉぉ!!……こんなかんじ?」
やけくそだった。でも、なぜだか、今やっと、一歩を踏み出せた気がしたのだ。
3年前から止まっていた時間から。
「ふふ。45点です」
……それは、何点満点で?
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