第3話 ラブ・ホテルは突然に ①
「あっあっんっあっもうっだめっ」
「力抜いて。恥ずかしくないから。大丈夫だから」
「あっうっんんんっあっ、で、でちゃう」
「いいから、出していいから」
「だめっもう、いっちゃう」
そして、小石川は壮大に吐いた。
タクシーに乗って10分後のことだった。
「先輩、ヤバいです」
その一言で全てを察した俺は、「すいません、停めてください」とタクシーを車道に停めてもらった。タクシーを降りた後、そのまま小石川は車道に30分座り込んでいた。
運転手は、そういう客に慣れているのだろう。
よくあることですから、と苦笑いしていたが、このまま待ってもらうのも悪いので、そのまま行ってもらった。
盛大に吐いた後、小石川は気分も悪ければ、それ以上にばつも悪く「すみません。本当にすみません」といつもの元気がマイナスに落ちるほど気を落としてそれしか言わない。
一人で歩くこともままならない状況の小石川を肩で支えながら「気にすんな。お前のせいじゃねえし」と先輩らしいことを言ってみる。
そう、全ては、ノンアルのドリンクではなく間違えてアルコール入りのドリンクを小石川に持ってきた店員が悪いのだが、今さら、そんなことを言ったところでどうしようもない。問題は、終電のなくなった今、土地勘のない街を歩き、どのように朝までやり過ごすか、ということだ。
そして、まるで、陳腐なドラマや売れない漫画のありふれたパターンのように、目の前にそれはあった。
きれかかったネオンにセンスのないネーミングの看板。
この21世紀のスマホ全盛時代でも、決して消えてなくなりはしない、その偉大なホテルを見て見ぬふりをして、素通りできるほど、俺には元気が残っていなかった。
しかし、である。
未成年の後輩に飲酒(俺ではないが)させた上、気分が悪くなったところをホテルに連れ込むって、客観的に相当ヤバいのではないのか。
というか、犯罪?
俺は、妙にあたりを気にしてしまうも、深夜1時を過ぎた道には当然、人通りはない。
小石川は、挙動のおかしい俺に気が付いたのか「先輩、あそこで休んでいけますね」と言ってきた。
「まあ、そう、なんだけどな」
「私、別に大丈夫ですよ?」
一体、何が大丈夫だというのか、深く尋ねることができず、「まあ、とにかく、休まないと、な」と、意味のわからない返事をして、俺はようやく中に入ることに決める。
こんなことがバレたら会社にいる小石川ファン集団のリンチにあうどころか、社会的に抹殺されそうだ。だが、もう後には引けないのである。
そこで、俺はあることに気が付く。
俺までここに泊まる必要はない、のだ。
小石川を休ませて、俺は一人出ていけばいいのだ。
一人なら、後はどうとでもなる。
ファミレスでもカラオケでも探して、始発で帰ればいいだけだ。
こんな簡単なことに気が付かないとは、俺も相当、疲れていたのか。
それとも……。
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