5(斬新な料理番組について)

 テレビの中では今日も某公共放送による料理番組が流れていた。

 司会進行役のアナウンサーが、白い割烹着の男性といっしょになって、今日の料理の紹介をはじめる。

「それでは今夜もはりきってお料理していきましょう。今日のメニューは〝情念たっぷりのこってり系セオリーのオーブン焼き〟です」

「この料理は人によって非常に好き嫌いが別れますが、覚えておくといざというときに役立つ心強い一品になるでしょう」

 二人は調理台の向こうで、料理の前口上をはじめる。

「セオリーのオーブン焼きというと、ちょっと素人には難しい気もするんですが」

「いえいえ、決してそんなことはありません。コツさえ押さえておけば、こんなに簡単においしくなる料理もないんですよ」

「それでは、テレビの前のみなさんと御一緒に、料理のほうを進めていきたいと思います」

 にこやかな笑顔を浮かべる男性アナウンサー。

「まずは、材料ですね」

「ええ、情念たっぷりということで、ここでは〝裏切られた伯爵夫人〟を使います」

「分量は以下の通りです。その辺の古城に住んでいて、暖炉で昔の恋人の手紙を火にくべている、一般的なものでかまいません」

「それから、〝恋人を寝とった娼婦の女〟ですね。この二つが主な材料となります」

「こちらも分量は以下の通り。できれば新鮮な、水気のしたたるようなものが望ましいですが、入手が難しいようなら、乾燥された、市販のものでも大丈夫とのことです」

「さて、まずはこの二つをよく捏ねあわせます」

「捏ねるときの、コツか何かは?」

「非常に混ざりにくいものですから、根気が必要です。混ざり具合の見極めも重要で、あまり混ぜすぎると味が濁ってしまいますし、かといって少なすぎると深みが減ります。自分の好みで加減するといいでしょう」

「では、これに詰めこむソースにかかります」

 鍋を火にかける料理人。

「材料の捏ねあわせに比べれば、ソースはごく簡単なものです。火加減にさえ気をつけていれば、自然とよい味に仕上がっていくでしょう」

「ソースの材料は以下の通り。〝噂好きの召使〟を小さじ一、〝優柔不断な男爵〟を小さじ一つ半、〝濃厚なベッドシーン〟を一カップ、〝悲劇的結末〟を好みの分量で」

「特に最後の〝悲劇的結末〟は、分量次第でまったく違った味になりますから注意が必要です」

「そうですね。私も一度やってみたことがあるんですが、どうもこれがうまくいかないみたいで。食べてみると何ともあと味の悪い思いになるんですよね」

「そういう場合は、〝精神的救済〟をあとづけで加えるといいでしょう。これで何となくすっきりした気分にごまかすことができます」

「なるほど、一手間加えるだけで味がぐっとよくなるわけですね。と、話しているあいだに時間のようです。ソースの出来はどうでしょう」

「――いいですね。これを詰め物にして生地で包みます」

「さすがプロの手並みです。継ぎ目が見えませんね」

「ここをしっかりしておかないと、焼いたときに中身が飛びだすことがありますから慎重にいきましょう。ではこれを、オーブンで二〇〇℃、三十分ほど焼きます」

「できあがったものが、こちらです。いや、実にこってりしておいしそうですね」

「二、三日寝かしておくと、いっそう味がなじんで口あたりがよくなりますよ」

「では、おさらいです。今日の料理は〝情念たっぷりのこってり系セオリーのオーブン焼き〟でした。ではまた、次回に」

「さようなら」



「……何、これ?」

 キヨコさんは至極当然な質問をした。

「例の文学の講義で出された課題です」

 康平は返されたレポート用紙を受けとって、とんとんと端のほうをそろえる。

 いつもの月釦書肆で、二人はカウンターを挟んで向かいあっていた。今ちょうど、キヨコさんが康平の言う課題を読み終わったところである。

「――斬新な料理番組を考える課題?」

「いや、何でもいいから小説を書いてきてください、って言われたんです」

 彼女は実に複雑な顔をした。例えるなら、しゃべるカエルを壁に叩きつけたら、王子さまにならずにそのままぺしゃんこに潰れてしまった、というような。

「もしもわたしの知らないうちに世界が壊れてしまったんじゃなかったら、これを小説とは言わないよ」

「どうせ下手なのを書くより、コントみたいなのにしたほうが面白いだろうとおもったんです」

 彼女は十字架上のキリストのごとく、力なく首を振った。

「まあ、そうかもしれないね」


 それから一週間ほどして、康平は久しぶりで月釦書肆によってみた。

 扉を開けると、キヨコさんは読書スペースに置かれたコーヒーを片づけているところだった。いつぞやの叔父さんが来ていたのかもしれない。コーヒーは半分ほど残っていた。

 康平はさっそく、彼女に向かって例の課題のことを報告した。

「再提出だそうです」

「……でしょうね」

 さもありなん、というキヨコさんの口調だった。いつも以上にクールではある。

「仲間内では評判よかったんですけどね」

「それもどうかとは思うけど。杜子春じゃあるまいし」

「仕方ないんで、今度はきちんとした小説を書くことにします」

「それがいいよ、うん」

「書きあがったら、また読んでもらっていいですか?」

「うん、いいよ」

「もし出来がよかったら、ここに置いてもらったりできますか?」

「うちに?」

 彼女はきょとんとした。

「そうです」

「いいよ、、だけど」

「約束ですよ」

 康平の書いた小説は、教授には受領してもらえたが、キヨコさんにはもちろん却下された。

「オリジナリティが欠片もない」

 とのことだった。

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