第35話 火花



「報いを受けなさい……」


 フツフツと煮え滾る怒りが凝縮された一言だった。言葉の裏に潜む感情の巨大さに、計都の体は思わず身震いを起こした。

 それと同時に、どうしようもない焦燥感が胸を過ぎる。

 きっと羽衣の心は、この感情に焼かれ、食い破られ、壊れたのだろう。壊れ続けているのだろう。いつか自分が危惧したことだ。そして、いずれ自分も彼女のようになっていたかもしれない。

 ミュオニスのスイッチを入れる。横転したテーブルの向こうを見通した矢先、彼女がこちらに走ってきている様子が浮かび上がる。

「!」

 驚いたのも遅かった。テーブルの反対側でタンっと床を蹴る音がした。頭上を羽衣が通り過ぎ、一瞬だけ照明の明かりを遮った。それを見送ることしかできなかった。

 計都に背を向け羽衣は走る。最初に狙いを定めた男性をまだ狙っているようだった。男性はというと、非常口に殺到する人々に紛れてこちらを見ていた。狙われているのが分かっているらしい。きっと心当たりもあるのだろう。恐怖のほかに、悔いるような雰囲気が表情から察せられた。そして諦めも。

 羽衣は足を止めて照準する。


 パンッ!

 乾いた音が響く。ほぼ同時に男性は倒れた。避ける素振りも見せなかったが、避けられなかったからなのか、避けようとしなかったからなのか、それを確認する術はもうない。

「っ……」

 戦闘中にもかかわらず、計都は思わず目を背けていた。恐る恐る目を開ける。羽衣はまだそこに佇んでいた。そして別の非常口の方を見る。

「次です」

「!」

 頭が沸騰するような感覚を覚える。計都はすぐさま駆け出した。瞬時に羽衣との間合いを詰めて斬りかかる。羽衣は小太刀――淡青を前へ押し出して新星を受け止める。片手では受けきれないと判断したのか、銃を持つ右手を淡青に添えていた。

 淡青を押し払い一歩下がる。膝を曲げた後、素早く右足を踏み出して刀を突き出す。防御の難しい突きを放った。

 羽衣が淡青を胸の前で構えながら後ろへ飛ぶ。刹那、淡青の刃が新星の切っ先を捉えていなした。背後に下がることによって、自身と新星との相対速度を近づけることで、その切っ先を捕まえたのだ。羽衣はそのまま新星の刃を側方へいなした。

 身体を背後に倒しながら、羽衣は右手を持ち上げる。銃口はまた別の人間に向けられていた。エレベータのボタンを押すような、電子レンジのスイッチを入れるような簡単さで、羽衣はまたも引き金を引いた。弾丸が放たれ、逃げ惑うに人間の背中に突き刺さる。血煙が空気を彩った。

 それを横目に見届けると、羽衣は体を丸めて受け身を取る。立ち上がる合間に銃の弾倉が交換されたことを計都は見逃さなかった。

(来る……!)

 計都の予想は当る。羽衣は計都に銃口を向けた。これまでと異なり、銃には通常の弾丸が込められていた。


 パンッ!

 音が聞こえる前に側方へ飛び出す。羽衣を中心に円を描くように素早く身を振るう。背後の壁で弾丸が弾けたのがわかった。

 もともと正面からのぶつかり合いは得意ではない。計都たちのフィールドは物陰や闇の中であり、だからこそ銃ではなく隠密性に優れた刀剣を主兵装としていた。

 計都は一瞬足を止める。そしてすぐに羽衣の方へ飛び込んだ。羽衣はぎゅっと眉根を寄せ、少ない動きで計都へ照準する。拳銃が火を噴く刹那、計都はほんの少し体の軸をズラす。

 弾丸が放たれる。弾丸が頬を擦過する。その痛みと熱が脳に届く前に、計都は新星を胸の前で立てるように小さく振りかぶって振り下ろす。銃を構える羽衣の腕を斬り落とすことのできる軌道と勢いだった。

「……っ」

 回避は間に合わない。そう踏んだ羽衣は左手を突き出す。掌底の要領で淡青を握ったままの手を、計都の左頬へ突きつけた。体格でやや劣る計都はそのまま殴り飛ばされた。

 しかし。

「ぐぅうっ」

 羽衣も無傷ではなかった。新星の刃が少しばかり羽衣の右前腕を滑っていた。衣類が裂けて血が滴っている。だがそれも一瞬で、自転する血ロテートブラッドの効果ですぐに出血は止まった。しかしながら、血が出ないからといって傷が痛まないわけではない。

「ハァッ……ハァっ……」

 羽衣が傷に気を取られているうちに、計都は体勢を立て直す。口の中が切れたのか、唇の端から滲む血をぬぐった。

「容赦ないですね」

「腕は作れるから。あと足もね」

 あなたの手足を斬り落としてでも、そして自分が手足を失ってでも、あなたを止める。

 計都の一言にはそんな意味がこもっていた。本気の言葉だろう。実際、手足や眼球であれば機身で代用が可能だった。

「……」

「……」

 両者が同時に動く。

 計都が選んだのはインファイト。当然だった。近づけば近づくほど羽衣の銃のメリットは消失していく。羽衣はできるだけ距離を取ろうと試みているが、そうはさせまいと計都は喰らい付く。

 それでも計都が羽衣を止められないのは、羽衣も元来は近距離戦を旨としてきたからだ。彼女はかつて二刀流を扱い、その変幻自在な身のこなしで相手を圧倒していた。計都も彼女のその頃の挙動を参考に、自身の剣技を磨いていた。互いをよく知るがゆえ、互いの動きはよくわかるし、よく読める。

 正面から振り下ろす。素直に受け止められたあと、すぐに離してもう一回撃ち込む。さらにもう一度角度を変えて撃ち込んだ。三撃目の攻撃は、羽衣は受け止めずにいなした。あまり何度も受けていれば、片手である羽衣はいずれパワー負けする。少しでも消耗を抑えるための術であり、また攻めに転じるための術でもある。

 大振りの刃は小太刀に比べて取り回しに劣る。いなされた新星の刀身は羽衣の右側方に滑り、計都の体もそちらに引っ張られる。計都と羽衣がすれ違うように交差する。

「がっ!?」

 計都の首筋に銃底が落ちた。衝撃が脳に重く響いた。

 しかしここで倒れてはいけない。計都は何とか踏み止まり、体を起こす力をそのまま新星に流し込む。羽衣の胴体を両断するイメージで薙ぎ払った。ヒュンと空気が鳴り、剣の通った道筋に白い残光が浮かぶ。羽衣は上半身をのけ反るようにして攻撃を回避していた。移動した重心に逆らわずに体を流し、計都と距離を取った羽衣は銃を構える。そして撃った。

(羽衣ならどこを狙う……!?)

 延長された感覚の中で思考する。弾丸がライフリングの中でねじれる音が聞こえそうだった。

発破の輝きが目に映り、しかし銃声がまだ耳に届かぬころ、計都は自分の右大腿部の前に新星の刀身を角度をつけて滑り込ませた。時間の流れが元に戻るや、銃から飛び出した弾丸は、新星の上を滑ってあらぬ方向へ飛んでいった。羽衣は驚きに目を瞠っていた。

「……銃も便利だったんですが」

「不便だと思うなら捨てたら」

「まさか」

 銃撃と剣戟。

 それらが産み出す火花は、まだ途切れそうにない。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る