第24話 新生活
「ただいまぁ…………はぁー……」
自宅の玄関を開けるや否や、計都は大きなため息をついた。できればホッと一息つきたいところなのに、どうしてこうなってしまったのか。
「……お、おじゃまします」
リビングに入りかけた頃、ようやくソユーズが玄関から入ってきた。首だけを中に入れてキョロキョロしている。
「何してるのよ。早く入って。寒い」
「う、うん」
彼女は慌てて玄関に体を滑り込ませた。そして扉に背中を預けると、胸に手を当てて何度か深呼吸をしたようだった。しばらくののち意を決したかのように顔を上げたと思ったら、頬を上気させてまたうつむいてしまった。そしてまた深呼吸を始めた。
完全に不審者だった。
「……何してるの?」
「い、いや、そのっ……き、緊張して……」
「どうしてよ……ていうかさっきまで居たじゃないここに」
「そっ、そうだけど! 今は状況が違うっていうか……! こ、これからここであなたと一緒に暮らすって考えると……! あああああっ」
顔を両手で覆ってうずくまってしまった。そしてぽつりとつぶやいた。
「……やばすぎてやばいかも」
発された言葉の知能レベルが低すぎて、計都はあきれて言葉も無かった。またしてもため息を吐いてしまった。そして、この状況が羽衣に知られたらどうなるのだろうと、一抹の不安を覚えていた。
いや、本当に、どうしてこうなってしまったのか。
「え!?」
それはまさに青天の霹靂だった。
「な、何で私がソユーズと一緒に暮らさなきゃいけないんですか……!?」
「彼女の住まいが知られた以上、もうあの家には置いておけないわ。いつ襲撃があるか分かったものじゃない。だから次の住まいが見つかるまで、離々洲さんの部屋にいさせてあげて。あのマンションならセキュリティも固いし、あなたがずっと警護できるし、ちょうどいいわ」
「でもでも! あそこは私と羽衣のぉ……!」
「飛天さんは今はいないでしょう?」
「だからって!」
いぶきに詰め寄る計都を尻目に、ソユーズは小さくガッツポーズを作っていた。
「やった……! あ、じゃなかった。わかりました。指示に従います」
「そう、良かった。話が早くて助かるわ」
「良くないっ」
「じゃあ荷物をまとめて来て。陽咲。荷物運ぶの手伝ってくれる? 私の車
「ええええええ、面倒くせーなー……」
「あ、そうよね。あなたの車なんて車内が散らかり放題で荷物置く場所なんて少しも無いものね」
「あるわ! フザケんな! どっかのネコ型ロボットの
「なら良いじゃない」
「おー良いぞ! おいガキ共、来い! お前らくらいのガキなら百人くらい乗れるからな! ほんとだぞ!」
「よろしくお願いします」
ソユーズはそそくさと火崎のあとを追って行った。
「……まったく、何が100人よ。どこかの物置のつもりかしら」
「自分がけしかけたんでしょう、もう……」
「ほんと扱いやすくて可愛いわ。今度何かご褒美あげなきゃ」
「……」
知らず知らずのうちに、自分もいぶきにノせられているのだろうか。
そんな恐ろしい疑念を抱いてしまったせいだろう。先ほどまで抗議していたことを忘れてしまっていた。つまり気づいた時には、ソユーズと一緒に住む話が、すでになし崩し的に決まっていたのだった。
リビングと隣接したスペースをソユーズの部屋にした。広さは6畳程度だ。この部屋は二面にある引き戸を全て閉めることで部屋として成立する。今までは戸を全て開け放ってリビングと一体として使っていたが、致し方ない。
「トイレはそこ、お風呂はそこ。基本好きに使ってくれていいけど、玄関から入って右手の部屋は絶対に入っちゃだめ」
「それはフリ?」
「違う。羽衣の部屋だから」
「それは尊重するわ」
ソユーズは6畳間にスーツケースを置く。そして室内を見回して満足げに微笑んだ後、軽やかな所作で荷物を広げ始めた。
「……本当に荷物はそれだけなの?」
火崎が息巻いて彼女の家に行ったは良いものの、彼女の荷物はほとんどなかった。衣類とノートパソコン。スマホ。学生として必要な諸々。それからニルヴァーナ・ウイルス研究用と思しき書籍と道具がいくつか。その他のこまごましたもの……ここに持ってきていないものは、べつに捨ててしまっても構わないものだそうだ。結果的に彼女の荷物はスーツケースひとつとスクールバッグに収まってしまった。
「大丈夫。ロータス・ラヴはちゃんと全部回収してきた」
「そんな心配してないんですケド???」
むしろそれはどこかに捨ててきてほしかった。
「さすがに椅子もベッドも何もないのはどうかと思うけど……」
「別に必要ない。ベッドもそこのソファか何かを使わせてくれれば十分」
ソユーズはリビングのソファを指差す。たぶん本気で十分と考えていた。
「……明日買いに行きましょう。同じ家に住む人にそんな粗末な生活させてたら私が悪人みたいだもの」
「素敵な提案……し、新婚さんみたい、ね」
頬を赤らめてそんなセリフはやめてほしい。
もう夜も遅かったので、計都は素早く入浴を済ませて寝床に入った。目を閉じた瞬間、どっと疲れが押し寄せてきて、体がどろどろとベッドに沈んでいった。
(……今日は疲れた)
一人で使うには大きすぎるダブルベッド。少し前までは二人で使っていたのだが、今はその二人目はいない。熱源が一つしかないベッドは、実際以上に寒々しく感じられた。
(羽衣……どこにいるの……?)
想い人はいない。
その代わりにこの家にいるのは、あのテロの犯人だった。そのせいか、まどろみの中から緊張感が消えない。彼女が今いるであろう、リビングの方にどうしても意識が向いてしまった。眠いのに、眠れないのだ。
そして気にし過ぎているせいだろう。彼女がいる方からは、カタカタと物音が聞こえるような気がして落ち着かなかった。
……本当に気のせいだろうか?
違和感を感じ、計都はまどろみを少しだけ追いやる。耳を澄まして気配を探る。
――本当に断続的に何かの音がしていた。それが分かった瞬間、計都の意識はすっと冴えた。ミュオニスのスイッチを入れ、リビングの方を透視する。
リビングのローテーブルにうつぶせているソユーズが、胸を押さえながら肩を上下させていた。
何かがおかしかった。
計都は音もなく体を起こす。枕元に置いた新星を掴み、寝間着のままでリビングに向かった。呼吸を荒げたソユーズが彼女を出迎えた。
その傍らにはグラスに注がれた水、それからロータス・ラブが転がっていた。
副作用。
その言葉がよぎった。
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