第21話 銃は持ち主を選ぶか
スクーターは道の真ん中で停車した。
否、停車させられていた。
「お会いできて光栄です、ソユーズ様」
計都たちの前に、3人の人物が立ちふさがっていた。
一人は30代くらいのスーツの男。細身で眼鏡をかけた、神経質そうな顔立ちをしている。今は笑顔を浮かべているが、猫かぶりだろう。
もう一人は初老の男だ。髪に白髪が混じっている。
最後の一人は20代とおぼしき若い女性だ。初老の男性が握る注射器を首筋に突き付けられている。注射器の中身はニルヴァーナ・ウイルスだろう。
「3年前はお見事でした」
「どういう……いいえ、答えなくていいわ。その女性を解放して道を開けなさい」
計都はブレーキを掛けつつエンジンをうならせる。威嚇のつもりだ。ヘッドライトで照らし出されている者たちは目を細めているが、その場から動こうとはしない。
「ソユーズ様は大勢の人々を幸福に導いた! すばらしい救済です!」
3年前のテロのことを言っているのだろう―― 反吐が出る。
いますぐ首を斬り落としてタイヤで頭を踏み潰してやりたい。そんな衝動をぐっと抑えて計都は尋ねる。
「あなたたちは何?」
「我々はソユーズ様に共鳴して集いました。さぁソユーズ様、どうか我々と共に! そしてこの世界により多くの幸福をもたらそうではありませんか! ふ、ひ、あははははは!」
頭がイカれている。薬物の影響に違いなかった。この耳に障る高笑いも、正気の人間にはそうそうできはしない。
「来てほしい割には随分と手荒ね」
「仲間が大変失礼いたしました。ソユーズ様は私たちにとっては神様も同然。本物を目の前にして興奮を抑えきれなかったのでしょう。気持ちは分かります」
「じゃあ今すぐ私たちを追うのをやめさせて」
「ソユーズ様のご友人ですかな? あなたも是非一緒に来ませんか?」
話が通じない。あるい都合の悪い質問は無視しているだけなのか。
「わたしは行かない」
「ソユーズ。相手にしなくていい」
「あれは救済なんかじゃない。ただの悲劇、その一端に過ぎない」
ソユーズの言葉に男ははしゃいだように答えた。
「悲劇! そうです、あれは最高の
「……口を閉じなさい、いますぐ……!」
忌々しい。あの日の花が美しい? 絢爛? 何だそれは? 一体あの日、幾人の人生が狂ったのか、奪われたのか。想像を絶する悲しみが、そんな言葉で彩られてたまるか。
「あなたにはあの光景の素晴らしさが理解できない? なんと……それもまた悲劇だ。あの光景は天上のそれですよ。まさに極楽浄土が地上に降りてきたのです! ニルヴァーナ・ウイルスは天上からもたらされたのです。我々が
地獄へ落ちろ。
心の底からそう思った。吐き気をもよおす言葉の羅列に、計都の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。
「そして私は、クモの糸を切った罪人と同じ
しかしようやく彼らの素性が分かった。宗教屋、いや、宗教の皮を被ったただの反社会組織だ。裏にいるのはニルヴァーナ麻薬の密売組織だろう。
ニルヴァーナ麻薬を生産するには、ニルヴァーナ・ウイルス罹患者が不可欠だ。
「なるほど、ソユーズはちょうどいい神輿というわけね。それともご神体といったところかしら」
テキトーに話を合わせつつ、状況を打破する方法を考える。
最もネックなのは人質だ。きっとそこらで捕まえてきた一般人なのだろう。少なくともジャンキーには見えないし、恐怖の表情を浮かべて――……。
(……?)
それほど怯えているように見えないのはなぜだろう。暗くて顔がよく見えないからだろうか。いや、それにしても落ち着いている。首筋に当てられた注射針がひとたび刺されば、きっとウイルスに感染する。刺すつもりが無くても何かの拍子に刺さるかもしれない。そうすればお終いだ。慌てないわけがない。
そしてふと思い当たる。この状況での相手のベストな展開は
計都がすぐにソユーズを差し出すこと? 違う。それでは不足だ。この状態での相手にとってベストな展開は、計都がすぐにソユーズを差し出し、かつ、その後計都が男らを追いかけないことだ。
つまり、計都を無力化する算段が潜んでいるはずなのだ。
計都はひっそりと左眼をONにする。そして人質の女性を見た。
豊満なバストのその谷間に、小型のナイフが隠されていた。
「……!」
おおよそ、ソユーズと引き換えに計都が女を保護したところで、女が計都を殺害する魂胆だったのだろう。
それなら話は早い。
「――ね……」
「どうしましたか? 我々と共に来たくなりましたか? 若い世代は歓迎しますよ」
「茶番ね、って言ったのよ」
「!」
スクーターが急発進する。そしてメガネの男の脇を抜け、女と初老の男のもとへと迫る。計都はそのまま二人に衝突するルートでアクセルを開いた。
そして――二人は左右に回避した!
初老の男が女を突き飛ばしていた。万が一にも注射針が刺さったりウイルスに感染させないためだろう。いや、今となっては注射器の中身がウイルスかどうかも疑わしい。
バイクをターンさせて止まると、男と女は素早く立ち上がっていた。そして女は胸元からナイフ、男はポケットから拳銃を取り出していた。
拳銃を認めるや、計都はすぐにサイドスタンドを立ててバイクを降りた。ソユーズを引き摺り下ろし、彼女と一緒にバイクを盾にする。それと同時にカンッ! ガキィン! と、弾丸がスクーターに衝突する音がした。
ミュオニスでバイクの向こう側を見る。男の拳銃に集中すると、それがリボルバーだと分かる。おそらくは警察官が使用しているものと同じだろう。すでに2発撃たれたため、残りは3発だ。
発砲音と硝煙の臭い、そして今にも被弾や誘爆するかもしれない恐怖に耐え、拳銃が弾切れになった瞬間、計都はバイクの影から飛び出した。
まずは男。弾切れになって焦っているようだった。自分の武器の弾数くらい把握していればいいものを。しかしこちらとしては好都合だ。拳銃をいじっていた両手を、計都は新星の一振りで斬り落とした。
そして女に向き直る。男が腕を斬り落とされた様を見て唖然としているようだった。次が自分だなどと、そんな頭は回っていない。
計都が新星を斜めに振り下ろす。女はとっさにナイフを胸の前に掲げたが、計都の新星はナイフを一刀両断し、そのまま女の体を斬り裂いた。女が崩れ落ちたのを見届けてから、メガネの男へ意識を移す。
男は無表情に佇んでいる。あきらめたのか、いやしかし逃げないのならそれでいい。彼には聞きたいことが山ほどある。死なない程度に怪我をしてもらおう。計都は再び新星を振り上げ、そしてメガネの男に振り下ろした。
コツン。
「……え?」
そんな間抜けな音がして、新星は下に振り抜けた。
何が起こった?
しかしその疑問を解消する間もなく。
ドゴォ!!
「ガハッ!?」
計都は腹部に衝撃を受けた。どうやら男に膝で蹴られたらしい。計都の軽い体はいとも簡単に後方へ投げ出された。
「は、ははは……素晴らしい……素晴らしいいいぃいぃぃぃ!!」
計都が咳き込みながら体を起こす間も、男は歓喜の声を上げていた。
「これがニルヴァーナ・ウイルスの力ぁ! なんて素晴らしいんだ! はははは!」
何とか立ち上がって男を見る。男の左肩から右の脇腹にかけて、スーツやシャツが裂けていた。新星で斬り裂いた跡だ。
しかし肝心の肉が斬れていない。
「ケイト!」
ソユーズがバイクの影から顔を出して叫んだ。
「そいつ、ロータス・ラヴを使ってる!」
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