第20話 夜が明けぬなら火を灯せ



 海沿いの幹線道路に出た。


 ここは目立った異変が無い。パトカーのサイレンがいつもより多く聞こえる程度だ。おおむね普段通りの街の喧騒に、計都は安らぎを覚えていた。

「諦めてくれたのかしら」

 背後でソユーズがこぼす。弱々しく、風の音に掻き消えそうだ。

「分からない。でも、あそこまでする奴らがそう物分かりが良いとは――」

 視界の隅に違和感がチラつく。

 ハッと辺りを見回すと、渋滞する右折レーンの向こう側、対向車線を、二人乗りのバイクが逆走していた。明らかな違反行為だ。おまけに後部座席の乗員は、有刺鉄線でぐるぐる巻きになった金属バットを所持していた。そして何より自分たちと並走していた。車体から察するに、マニュアルで中型以上のオートバイだ。

 並走するマニュアル車の運転手と目が合った。顔が見えないシールド越しだが、分かる。獲物を襲う獣の、鋭い気配を全身に浴びせられた。

 エンジンがうなりを上げたのは同時だった。

 2つの車体が周囲の流れから瞬く間に逸脱する。もはや違反だなんだと言っていられない。命の危険だ。緊急避難だ。いままで回したことが無い位置まで、計都はスロットルを回していた。

 車が相手なら渋滞をすり抜けてしまえば何とかなる。徒歩で追われたら先ほどのように姿をくらましてからの奇襲もやりやすい。

 しかし相手も二輪となれば話は別だ。やつらは渋滞の中だろうが追ってくるし、たいていの中型以上のバイクは、計都たちがまたがる150ccスクーターより速く、運動性能も高い。生半可な運転では逃げきれない。

 バイクが夜の街を突き抜ける。闇を引き裂く曳光弾に似ていた。クラクションが鳴り響き、なぎ倒されたみたいに急ブレーキが悲鳴する。道路の奥でチカチカと光が瞬いた。交差点内のマンホールにタイヤが乗って肝が冷える。

 マニュアル車は追ってくる。距離が詰められていた。

「!」

 直線に入った瞬間、マニュアル車が急加速する。こちらの側面についた。後部座席の乗員が金属バットを振り上げる。

 計都はすぐさまブレーキを掛けた。ガクンとスピードが落ちて、その拍子にバランスが崩れて車体がブレる。しかし持ち直した。2車の距離が開いて、金属バットは空振りに終わった。その後も何度か接近されては避け、接近されては避けを繰り返した。時には近くを走っていた無関係な車がバットで破損させされた。一度だけバットがヘルメットをかすめていった。ヘルメットには大きな傷がついているだろう。

「ケイト! もう一台来た!」

「!?」

「左後ろ!」

 振り返って確認する。二人乗りの大型スクーターがこちらを見ていた。頭の位置が高いのは、やつらが歩道を走っているからだろう。後部座席の乗員は、やはり武器になるものを持っている。スプーンの先端が尖った長いシャベルだ。あれで殴られたり突かれたりしたら怪我は避けられない。

 状況はますます悪化した。このまま逃げ続けるだけではジリ貧だろう。何か手を打つ必要がある。せめて奴らを分断しなければ。一斉に襲い掛かられたらひとたまりもない。

「旋回する!」

 バイクは広い交差点に出た。計都は意を決して左のブレーキをぎゅっと握る。リアタイヤがロックして滑る。車体が傾きつつ向きを変えた。すぐさまブレーキを開放してスロットルをひねると、バイクは進行方向を180°変えて走り出した。

 背後を確認する。マニュアル車はすぐさまターン。大型スクーターも少し遅れてついてきた。振り切れない。

 どうすればいい、どうすればいい? マシンの性能はこちらが劣っている。おまけに向こうは運転と攻撃が分担されているのに、こちらは一人二役だ。運転に集中しなくてはならない今、追っ手を走行不能にすることも難しい。

 何ができる? あるいは何ができない? それは何故か? 何かが無いからか、あるいは有るからだろうか。自分の持っている全てが相手に劣るはずはない。どこかに突破口があるはずだ。そこまで考えてふと思い当たる。

 自分の眼窩に埋め込まれた、機械仕掛けの眼球に。

「ごめん、しばらく怖い運転するかも」

「? ひぁっ――」

 ソユーズがかわいい悲鳴を上げる。急な加速だったから驚かせたかもしれない。だが彼女のことだから、これ幸いとこちらに抱き着くだけだろう。

 左眼のミュオニスをONにした。半径数十メートル圏内の障害物が骨組みになって透けていく。建物の向こうにいる人や車の位置が把握できるようになった。始めからこうしておけばよかったかもしれない。

 振り返って背後を確認する。2台ともついてきている。それを確認してからさらに速度を上げた。後続車はさらに加速してこちらに追いすがる。

 十字路に差し掛かった瞬間、左へフェイントを入れてから直進する。直後のマニュアル車は左へ、大型スクーターはそのまま追ってきた。しかし敵の分断には成功した。

 フェイントに釣られたマニュアル車のシルエットを注視する。土地勘があるのか、すぐにこちらと合流できる進路を取った。次の大通りにはこちらが先に出ることができるだろう。

 だが、それでは分断した意味がない。計都は後ろの大型スクーターとの距離を確認してから急制動。いったん速度をゼロにした。大型スクーターが驚いて急ブレーキをかける。それを確認してからすぐに発進した。敵も同じように発進する。驚かされて腹が立っているようだ。クラクションを長押しされて喧しい。

 大通りが見えた。車通りは激しい。しかしミュオニスのおかげで、建物の向こうで走っている車の位置も分かる。少し速度調節をしてから左折。計都はドリフト気味にバイクを流れに滑り込ませた。一方背後の大型スクーターは、他の車に急ブレーキを踏ませて強引に流れに割り込んだ。ピッタリくっついてきていた――そうでなくては困る。

 マニュアル車の位置を確認する。左の脇道からもうすぐ飛び出てくる位置だ。計都は速度を上げ、進路をふさがれる前に交差点を通過する。


 そして次の瞬間、マニュアル車と大型スクーターが出合い頭で衝突した。


「……!」

 背後で響いた衝突音に、ソユーズが息をのんで振り返る。

「さっきの急ブレーキは、このタイミングを調整していたのね」

「まぁね。はぁ……これでもう追ってこないといいけど」

 ボォンと背後で爆音がした。衝突したバイクが爆発炎上したのだろう。空気が震えた。早く行けと、衝撃波が二人の背中をやんわりと押したようだった。




 

 

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