第8話 ケンカするほど仲がいい


 深夜に鳴り響くスマートフォンは、決して朗報を伝えない。


『遅くに悪いわね。仕事よ』

「場所は?」

『鷲取の中学校に逃げ込んだ。今は警察が包囲してる』

 逃げ込んだ場所が中学校。

 それだけでとてつもなく嫌な予感がした。

「了解です……」

『防塵マスクの在庫は?』

「売るほどあります」

『私も行くから、あとでね』

 電話は切られた。

 体も重ければ気持ちも重い。しかしそれでも起き上がらねばならない。部屋に満ちる冷気を払いのけながらベッドから体を起こす。素早く制服に着替えコートを羽織ると、計都は部屋の片隅に目を向けた。


 一振りの日本刀が壁に寄り添っていた。


 彼女はそれを手に取り、鯉口を切る。純白の鞘から鋼の刀身が顔を出し、シンと光った。

「……借りるよ、羽衣うい

 ソフトタイプの楽器ケースに刀―― 名前を【新星しんせい】といった――を入れて袈裟懸けにする。ヘルメットとグローブを掴み上げると、計都は自宅を飛び出した。



「ちっ、またお前か」

「こんばんは、火崎ひざきさん」

 計都の顔を見るなり、女性警部は露骨に悪態をついた。

「目標は校舎内ですか?」

「その仕事は辞めろといったはずだぞ。どうしてまだ辞めていない」

「1人って聞いてますけど、合ってますよね?」

「最近メガネのヤツは見ないな。辞めたのか? えらいぞ。お前はいつ辞めるんだ?」

「……羽衣はいま関係ありません」

「クソ忌々しい。この国はどうかしてる。こんな子供に……」

 ぶつくさ言いながら火崎はパトカーにもぐりこむ。無線をむしり取ると、周囲の警官たちにむけて告げた。

「保健署が到着した。これから先のことは口外無用だ。なんなら寝ててもいい。夢だと思ってくれた方が都合がいいからな」

 そうしている間に、計都は防塵マスクを装着する。楽器ケースのファスナーを開き、新星を左手に携えた。

「いぶきはどうした、あの外道」

「いぶきさんは外道じゃありません」

「ハッ、あいつが外道じゃなかったら私は聖人君子だよ。現に子守は私がしてるしな」

 とその時、派手にドリフトをかましながら、二人の前に軽スポーツカーが滑り込んできた。車から降りたいぶきは、開口一番核心を突く。

「どうせ私の悪口でも言ってたんでしょう、陽咲ひさき

「これはこれは三ツ星課長殿。悪口なんてとんでもない。それより、いつも夜分に恐縮ですねぇ。こんなことばかりだと寝不足なのでは? あ! さては寝不足だから小っこいのかぁー?」

「火崎警部こそ、そんなに背が高いのに私とカップ数が同じなのは同情するわ。ひょっとして寝不足?」

「ンだとゴラァ!?」

「ちょっとお二人とも近所迷惑なのでやめてください」

 なぜ私が2人を制さなければいけないんだ。毒を吐き合う二人に挟まれながら、計都は本来の目的を忘れないように必死に努めた。

「で? 目標が中に入ってから何分?」

「20分ってとこか。思いきりが良ければもう【咲いて】るな」

「封鎖チームに準備してもらうわ。陽咲ひさき、学校に人が近づかないよう辺りの道路を規制できる?」

「あー? できなくはねぇが、お前の要請でやるってのは気が進まねぇな」

「そう。まぁ確かに、あなたには荷が重かったわね」

「できるわ! 見てろ! 3分でやってやる!」

 火崎はまた無線に向かって指示を飛ばしはじめた。完全にいぶきにのせられていた。

 それを見届けると、いぶきはスマホを取り出してどこかに連絡を始めた。相手を呼び出している時間も無駄にせず、彼女は計都に指示を出す。

「離々洲さん、行って。もしもの場合はして」

 新星を入れていた楽器ケースの中にはベルトも入っていたようだ。刀を腰に差せるよう、彼女はそれを身につけた。

「では、行ってきます」

 いぶきは計都にうなずくと、つながった電話に意識を移した。その様子を眺めていたのだろう。指示を出し終えた火崎が、独り言のようにこぼした。

「けっ、少しも心配しちゃいねぇ。そういうところが外道だってんだよ」

「あはは……まぁ、信用の裏返しってことで」

「そうかもしれねぇがなぁ……ったく、とんでもないヤツと同級生だったもんだ」

 パトカーのタイヤを蹴ってから、火崎もどこかへ連絡しはじめた。詳しい内容は分からないが、文句をいっていることだけは察することができた。




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