第2話 困惑は極まる
「えっ……!?」
計都は耳を疑った。
思わずいぶきの横顔を凝視してしまう。
「う……嘘、ですよね? じょ、冗談ですよね、そんなの……?」
「……」
「いぶきさんっ」
いぶきの腕にすがってみる。彼女が運転中だということも忘れて。
「いぶきさん!」
「嘘でもないし冗談でもない」
「!」
ひゅっと喉の空気が抜ける。同時に計都はいぶきから手を離した。そしてちょうど再び、車は赤信号に捕まって停車した。いぶきの右足は強くブレーキを踏みしめていた。
「嘘であってほしかったし、悪質であっても冗談であってほしかった。ヤツが出てくるなんて……一応は仮の釈放みたいではあるけど……」
動揺しているのは自分だけではない。いぶきも同じなのだ。そのことが分かって、計都はシートに背中を預ける。日本でも有数の夜景の街に目もくれず、彼女は呆然と自分の膝を見下ろした。
「……なぜ、どうしてですか? どうやったらあのテロの犯人が釈放されるっていうんですか? どういう、理屈で……仮だっていっても……」
「詳しくは上も教えてくれなかった。でも、これは予想にすぎないけど……」
「……?」
「
「! まさか犯人を餌に!?」
「可能性は高いわ。飛天さんも犯人を恨んでるわけだし」
「そんな……!」
全くバカげた話だった。エビで鯛を釣るではなく、鯛でエビを釣るようなものだった。リスクとリターンが全く釣り合っていない。
「……いぶきさん。3日でいいです。3日で羽衣を捕まえてみせますから、犯人の釈放をやめてもらうよう、上に掛け合ってもらえませんか……?」
「ダメね。犯人は明後日仮釈放されるから」
「じゃあ明日中に! 大切な友達なんです! だから私が――!」
「離々洲さん」
「っ」
「気持ちは分かる。だけど、もう決まったことよ。それに飛天さんの件は、かれこれ3か月も探して一切手がかり無しなのよ。いまさら2・3日でどうにかできることじゃない」
「で、でも……」
計都が何か言いかけた時、再び車が発進する。車は幹線道路を外れ、片側一車線の道路に潜っていった。
「まだ悪い知らせがある」
これ以上どんな悪い知らせがあるというのか。計都は想像もつかなかった。その途方のなさに、気づけば足が微かに震えていた。
「犯人の名前はソユーズ――【ソユーズ・シルダリヤ】。女の子よ」
「……え?」
「年齢は16歳。あなたと同い年ね」
「お、女の子? あのテロの犯人が、10代の女の子だっていうんですか? 3年前は13歳じゃないですかっ」
「私も初めて知ったけどね。でも、もしかしたらって思ってた。事件の大きさの割に、公表されてる犯人の情報が少なすぎたから。名前もずっと仮称だったし、年齢だって公表されていなかった。性別もね。だけど、犯人が未成年だったら納得だわ」
「……」
いや、納得できない。そんな理由では納得できない。
ではなにか? 犯人――ソユーズが16歳の女の子だから仮釈放されるとでもいうのだろうか? あれだけの事件を起こして、それだけの理由で? 幾人もの犠牲者を出して、計都からも家族を奪った犯人が?
「そんなの……あんまりです……!」
固く握られた計都の手はぶるぶると震えていた。そんな拳を解きほぐすかのように、上から水がしたたり落ちる。水源を辿れば、それは長い睫毛を持つ彼女の瞳だった。
「話はまだ終わっていないわ」
「これ以上……何があるっていうんですか……っ」
横断歩道の歩行者を見つけて車が止まる。その拍子に、いぶきは計都にハンカチを手渡しつつ告げた。
「あなたには、ソユーズの警護を担当してもらうわ」
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