鏡像の崩壊

瑠璃ヶ崎由芽

私は貴女を見つめている。

 丑三つ時。麻里亜まりあのクラスにはその時刻に鏡に向かって99回『お前は誰だ?』と繰り返すと、その鏡の中の自分が喋りだす――そんなウワサが流れていた。しかもその信憑性を増すように、実際にやってみた生徒たちも本当に『動いた』や『笑った』など話していた。それを聞いた麻里亜は単なる興味本位で、それをやってみたくなっていた。なので夜、自分の部屋にある姿見に向かってやってみることにした。


「お前は誰だ? お前は誰だ? お前は、誰だ……? お前は――」


 ただ丑三つ時に、99回も同じ言葉を繰り返すという単純作業は10回ぐらいで麻里亜を飽きさせていた。2時という深夜の時間帯なのもあって眠たく、99回という回数のせいで時間も取られる。正直、このウワサに半信半疑な麻里亜は『これをやった人は相当な暇人だなぁ』と感じていた。明日も学校はあるし、もうこの単純作業に飽きてきたのでやめようかとも思ったが、でもそのたどり着いた先のウワサが本当なのか確かめたい気持ちもあった。そんな『飽き』と『好奇心』の狭間で揺れ動いているうちに、確実に回数は重ねられ目標の回数へと近づいていた。


「お前は誰だ?」


 そしていよいよ99回という目標にたどり着く。すると――


「ふふふ、私は貴女。貴女は私よ」


 突然、鏡の中の麻里亜が不敵な笑みをして、そんな言葉を発した。それを見て、麻里亜は背中にゾワッと駆け巡っていくものを感じていた。そして恐怖の感情が湧き出して、後ずさりをしていく。それに連動して、鏡の中の麻里亜も一歩一歩麻里亜の方へと向かってくる。そして終いには――


「え、えっ!? 嘘でしょ!?」


 そのまま鏡の中から飛び出してきてしまったのだ。その証拠に、姿見には麻里亜もその鏡の中の自分も写ってはいなかった。麻里亜はそんなあまりにも予想だにしない展開に、ただただ驚愕するしかなかった。そしてもしかすると、自分はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれないと感じ始めるようになった。一気に恐怖が押し寄せて、膝が震えてどうにも止まらなそうであった。


「やっーと出られた! はぁー体が自分の意思で動かせる! なんて幸せなの!」


 恐怖で怯えている麻里亜とは対照的に、鏡麻里亜は鏡の外に出られてとても嬉しそうな表情であった。自身の意思で自由に体を動かして、それを楽しんでいる感じだった。


「あなた……誰なの?」


 震えた声で、そうわかりきったことを問いかける麻里亜。実際、麻里亜も今目の前にいる存在が何なのか、というのは完全にではないにしろある程度察してはいた。でも、その考えが何かの間違いであってほしいと思っていた。そんなオカルトじみた怪奇現象が起こるなんて、信じたくもなかったのだ。


「だから言ったでしょ? 私は貴女。貴女は私。私は鏡の中の貴女」


 だが、そんな希望を打ち砕くかのようにわかりきった事実を再度麻里亜に突きつけるかがみ麻里亜マリア。もはや麻里亜には絶望しかなかった。これからこの鏡の世界の住人に何をされるのか、何が起こってしまうのか。嫌な考えばかりが頭の中で浮かんでしまい、それがさらに恐怖心を煽っていた。


「私たち鏡の中の世界の人々はあなた達が羨ましかった。己の意思で自由に動くことができるから。あなた達が太陽とすれば、私たちはその光を受けて輝く月。月は太陽なしには輝けない。それと同じで、私たちはあなた達なしでは動けない。最初はそんなこと気にしてなかった。でもだんだんとときが流れていくうちに、私たちは意思を持ってしまった」


「い、意思……?」


「そう、私たちは役を演じている役者ではなく、そんな束縛から解放された自由な者になりたかった」


「そしてそんな中、あなた達はあのオカルトみたいな行為によって私と貴女、この2つの世界が繋がってしまった。だから、私はこちらの世界へと逃げてきたの」


「……そう、だったんだ」


「でもね、世界というものは『1』という状態で均衡が取れているものなの。それが0になってしまってもダメだし、逆に2に増えてしまってもダメ。だからバランスが崩れたなら、ちゃんとそれを帳尻合わせをしないといけないの。だから――」


「今度は貴女が鏡の世界へ行きなさい」


「キャッ――」


 鏡麻里亜は麻里亜の体を掴んで無理やりにさっき彼女が出てきた姿見へ入れ込もうとする。麻里亜も必死に抵抗するが、この世界に留まろうとする強い意思からくるものなのか、あまりにも力が強すぎて麻里亜はそのまま力負けして鏡の世界に放り込まれてしまった。そして数秒すると、さっきまで姿を映さなかった姿見が再び機能を取り戻し、正常に鏡としての役割を果たすようになっていた。ただし、その中身が入れ替わったということを除いて――


◇◇◇◇◇◇


「――あれ、マリーって左利きだったけ?」


 いつもとなんら変わりのないお昼のこと。麻里亜の友達がふと食事をしている麻里亜を見て、そんなことを訊いてくる。


「知らなかった? 私、両利きなんだーほら、なんか左利きってカッコよくない?」


 それにあたかも麻里亜かのようにうまい言い訳をサラッとした顔で言い、自分が出したボロを切り抜ける鏡麻里亜。鏡の世界では右は左、左は右。だから普段から右利きの麻里亜に対して鏡麻里亜は左利きだったのだ。もはやそれは体に染み付いた癖であり、自然と出てしまうものであった。怪しまれても、まさか『鏡の世界の住人と入れ替わってる』なんて考えるものはいないだろうと鏡麻里亜は考えつつも、内心は少しドキドキしていた。


「なにそれーでもそれだけじゃなくて、なんか最近マリー変わったよねー何ていうか、前よりも明るくなったって感じー」


「うん、まあちょっといいコトがあったからねーふふっ――」


 こうして鏡の世界の住人は表の世界に出て、あたかもその人たちと同じように生活を送っていくのであった。そして鏡の世界に閉じ込められてしまった麻里亜は、もう二度と戻ることはなかったという。

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鏡像の崩壊 瑠璃ヶ崎由芽 @Glruri0905

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