Unlucky Snow

パEン

第1話

 真冬、という名を受けて生き、17年が経った。

 かっこいい言い回しをしてみたけど、要は今日が私の17歳の誕生日ってだけの話だ。

 その名の通り、私の誕生日は12月の2日。まさに真冬、冬の真っ只中だ。

 しかし、私ははっきりいって冬と言う季節が嫌いだ。

 雪なんて目障りなだけだけ。寒さは登校するのも出かけるのも憂鬱になるし、横断歩道の白いところはつるつるになって危ないし、朝起きるのは嫌になるし、大好きなアイスを食べる気も何だかなくなってしまうし、何より。


 あの人を毎日のように思い出しながら生活しなければ行けない「冬」は、本当に嫌いで嫌いで仕方ない。


 ……これは私のただの独り言、もしくは誰に向けたいかもわからない懺悔。

 寒くて仕方の無いこの季節が殺したいくらい憎くなる、とある日の話。

 3年前の今日の物語。

  *

 「っあ~寒いっ! 今からでも家デートに変更しても遅くないんじゃないの、真冬ー?」

 「だめー! やっぱり冬といえばクリスマスツリー、これに限るもん!」

 「それは冬というかクリスマスのものであって、決して今日見に来るものでもないからな!?」

 「細かいなあ」

 「大雑把にも程があるんじゃないか!?」

 今日で14歳になる私は、普段のインドアな自分を今日だけ押さえ込み、張り切って駅とは名ばかりのショッピングモール、京都駅に来ていた。

 ……そう、最愛の彼氏、夏希と!!!!

 はー、幸せだなー。確かに冷静に考えたら今日なんてクリスマス本気で関係ないけど、ツリー2人で見るの幸せだなー。

 「さらに言えばツリー、装飾まだ一切施されてないからただの木だからな?」

 「幸せだね!」

 「勢いで誤魔化すな!?」

 彼氏との幸せな時間は、そんなくだらないことすら幸せにさせるのです(個人差あり)。

 「あ、真冬」

 「ん?」

 「ちょっと止まって」

 そう言って私を立ち止まらせると、夏希は私のマフラーを巻き直してくれた。

 「寒そうだったから」

 「好き!!!!!」

 「声でけえな……」

 夏希はすごく気遣いの上手い人だった。そこに私は惚れました。えへ。

 「⋯⋯ごめんな、真冬」

 「何がー?」

 「この季節にツリーを見に来たのってさ、その⋯⋯」

 「⋯⋯やめよ? その話」

 「ん」

 確かに、私達は付き合っている。


 ⋯⋯さながら、ロメオとジュリエット。禁断の恋ってわけなんだけどね。


 他の中学ではどうか知らないけど、うちの中学校では部活内での交際が禁止されている。部活内の恋愛は、部活内容に支障をきたすから、という理由。高校の吹奏楽部とかだと、そういうことも多いみたい。

 かくいう私も吹奏楽部だけど、中学でまで部内恋愛禁止⋯⋯それも全部活なんて、不自由すぎると思ってる。

 でも、その決まりを破ってしまうと、あまりに残酷な……本当に残酷な罰が下ってしまう。

 まず強制退部。部内恋愛がバレた時点で部活への参加は認められなくなり、もう復帰もできない。次に奉仕活動。部活によって期間は異なるけど、数ヶ月間の部活時間中の掃除が課せられる。面倒くさいのは勿論、雑用まで押し付けられてしまうのが辛い。

 そして、最後に。必然的に発生する、いじめがある。

 大袈裟にいえば、部内恋愛というのは私たちの中学校において「悪」だ。

 「悪」を倒すのは「正義」であり、「正義」が咎められることはない。

 正義執行という名のいじめは、卒業するまでの期間、人の心を砕き尽くす。

 これらの理由から、この中学の生徒たちは理不尽に歯向かうことなく、穏やかに生きることを選択している。

 ……私たちみたいな、大馬鹿以外はだけど。

 「いつかクリスマスにここに来たいなあ」

 「夏希はまた寒いって言ってこないじゃない」

 「見つかるのが怖いんだよ⋯⋯」

 そんな理由で、私たちは人が来ないこの時期にツリーを見に来ている。疑わしきは罰せられる。死にたくなければ隠すのみ、というのは夏希の言だ。

 「真冬」

 「ん?」

 「卒業しても、俺と_________」



 「あれ? 真冬……と、なつ、き?」



 背後に、私たちとおなじ、吹奏楽部に所属する、あまり仲のいい訳でもない友達2人がいた。……気づかなかった。

 「あんたら何してんの? ……男女二人でクリスマスツリーの前。しょーじき、めっちゃ怪しいよ」

 「あ、その、え?」

 上手く声が出なかった。パニック状態に陥っていたのだと思う。誤魔化すことも出来た。嘘をつくことも出来た。……でもできなかった。

 怖い、怖い、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!!

 いじめられたくない、あと1年ずっと地獄で過ごすのは嫌!!

 夏希を辛い思いに合わせるのは嫌!!!

 やだ、やだよ、だれか、助け_____

 「痛っ!?」

 「は、ちょっと!? 夏希アンタ何してんの!?」

 「え……?」

 目の前で展開される情報があまりにも多すぎて、私は何も把握できなかった。

 私の目の前で広がっている光景は。

 

 夏希が、私の友達を、思いっきり殴り飛ばしている、光景。

 

 「真冬、お前他人のフリしてどっか逃げろ」

 「え、え?」

 「ちょっ……夏希アンタ何なの!? ツーホーするからっ!!」

 「早くどっか行けよッ!!!!!!」

 夏希が、私の知る限り、初めて叫んだ。

 「な、なつ、き」

 ……目の前で起きていることは何一つ理解できないけど、頭は酷く冷えきっていた。

 「こっ、コイツ頭おかしいよ!!! なんで急に殴ってくんの!?」

 「に、逃げよ? 何されるかわかんないよ!」

 「クッソ、待てこの____」

 「やめなさい、君ッ!!!」

 警備員らしき男の人が、夏希を押し倒し、馬乗りになって動きを封じた。

 「夏希っ!?」

 「……離せよ」

 「離すわけあるか! 君はなにをしているか分かってるのか!?」

 「……」

 「……来なさい!」

 私の脳が起きている光景を理解する前に、夏希が誰かにどこかへ連れていかれてしまっている。止めたい。なのに、身体は石のように固まっている。理解したい。なのに、脳はその役目を果たす気配はない。夏希と、ツリーを見ながら話したい。……だけど。私と彼の距離は、2人の意志とは関係なく離れていく。

 混乱に混乱を重ねた私は、失った彼の熱を思い出し。たったひとこと、呟くことしかできなかった。

 

 「さむい」



 あの日、どうやって帰ったか、その後の数日どうやって過ごしたか。私は全く覚えていない。

 私は、あの日の夏希の行動をこう解釈している。

 夏希が暴行を起こした、そのインパクトであの2人が私たちにあったことをうやむやにさせたかっんじゃないか?って。

 実際、あの日から何日たった後かは分かんないけど、私はあの2人から心配された。

 大丈夫? 真冬ちゃんは怪我しなかった?って。

 ……あの時の私がまだ混乱の中でよかった。正常な時の私がその言葉を聞いたら、傷口をえぐり出していたかもしれない。

 夏希は馬鹿みたいに気遣いが上手かった。そして、優先順位をつけるのが下手な人でもあった。

 夏希は私を守った。1年間、私が平和に過ごせるように。そのあとの自分の人生全部をかけて。

 あのあと、1度も連絡をくれないのも、私に嫌われたとか勘違いしてるんじゃないかな。アンタより頭いいんだから、なにがしたかったかくらいお見通しなのに。

 馬鹿な彼だったなあ。

 今となってはしみじみと思う。

 私の春はあれで終わりだ。私はあの馬鹿な彼しか愛せない。もう恋の桜は咲くことは無い。

 私の夏はあれで終わりだ。若さゆえのあの日差しで熱された鉄に熱かった日々は、もうその熱さを取り戻すことは無い。夏希の名を持つあの季節。

 私の秋はあれで終わりだ。涼しく穏やかなあんな素晴らしい時期は、私の人生に二度と訪れない。

 私の冬は、あれでおしまいだ。もうツリーは2人で見れない。私の名を持つ、この季節。

 夏希、あの日、卒業してからも何って言いたかったのかなー。

 またツリー見に来よう? また2人で会おう? ううん、多分気遣いのうまい彼はきっと、私をときめかせたくて、こんなことを言いたかったんだろう。


 『卒業しても、俺とずっとずっとここに来よう』


 うん、ずっとずっとって言うのがミソな気がする。変なとこでキザなとこあったし。

 「ばっかだなー」

 不愉快だった私のご機嫌は、そんな妄想で少しだけほぐされた。


 マフラーを巻かない私の首は、やけに冷えた。

 いつか、夏希が私の名前を呼ぶまで。


 きっと、私は冬が大嫌いだろう。

 

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