第45話「バレエ・メカニックpart2」


 その最後に呆気に取られていたシエラは、ふと我に返ると倒れた人形に駆け寄り、仰向けにさせた。


触れてみると、人形はまさに陶磁器のように冷たかった。金属とは違う、脆さを秘めた冷たさだ。少しでも力を入れれば壊れてしまいそうなその体を、優しく抱きかかえる。


すると、その胸がひび割れているのに気が付いた。これはさっきの戦いで出来たものではない。


 恐る恐る触れてみると、ひびの入った胸部はバラバラと崩れ、中には真っ白な鳥が納められていた。そして、それはひどく見覚えがあるものだった。


 フードを脱ぎ、肉眼でそれを確認する。


「ティア……あなただったのね」


人形、ティアは頷いた。


「私は、イドに魂を囚われてしまった。逆らえなかった……」


 それからシエラの手を取ると、何かを握らせた。それは小さな、記憶端末だった。


「これは……?」

「シキがやろうとしていることが、全部ここに納められてる。あの子は、本当はこんなことをしたくないの。あれには、代償があるから……」


 えぇ、とシエラはその手を強く握った。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が、私がもう少ししっかりしてたら……」


 その左眼からは、涙が流れ始めていた。それを見て、シエラも思わず鼻がつんとするような感覚に襲われた。


「そんなことないよ……あなたは、よくやったわ」


 陶磁器のような肌に、シエラの涙がこぼれる。それを見るやティアは、シエラの涙を拭ってやった。


「でも、最後にあなたと話せて良かった。ただの鳥だった頃から、あなたとは話してみたかったから」

「……私もよ」


 祈るように、握ったティアの手を自らの額に押し当てる。シエラは大声で泣いてしまう自分を抑えるように、歯を食いしばった。


「そろそろ、お別れの時間みたい。シキのこと、よろしくね」


 最後にティアはそう言って、逝ってしまった。


 シエラは腕で涙を拭うと、その場に立ち上がった。


「大丈夫。あの子は、私が絶対に取り戻してみせるから」


『シエラ様、聞こえますか?』


 イオからの通信、シエラはフードを被って右耳を押さえた。「聞こえる。シキは?」


『間に合いませんでした。申し訳ありません』


 シエラはティアだった人形の残骸を見て、「なら、トリノ號に帰ってきて。一旦態勢を立て直すわ」


『了解しました』


 時間は残酷だ。死者を弔ってやることすらできない。だが、想うことはできる。そしてそれができるのは生きている者のみだ。


今はパンドラを救い、シキを止めなければ。彼女を悼むのは、その後だ。

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