第44話「バレエ・メカニックpart1」

 シエラは武器を持つ相手に、不利な戦いを強いられていた。両手首から伸びた白い剣が、素早い動きでシエラを翻弄する。


隙さえあれば人形の左腰に固定された二本の剣を奪い取ろうと試みてはいるが、今のところ成功していない。


 振り回すような斬撃を、体を反らして回避する。相手が一歩進むたび、こちらが一歩下がる。近くにあったサーバータワーが豆腐のように斜めに切り裂かれ、切断部から火花を散らした。


 シエラは手首から炎の鎖を作り出すと、それで人形の身体を拘束した。そのままそれを引きずって人形を跪かせる。


「油断したわね」


「これで私を縛り付けたつもりですか?」


「何ですって?」


 その時、人形を縛っていた鎖がその身体を構成する陶器のように白くなると、あっけなくバラバラに崩れ去った。


「な……」


 思わず言葉を失ったシエラだが、今度は炎の剣を作り出し、それで人形の身体を斜めに切り裂く。が、刃が当たった瞬間、先ほどの鎖と同じように刀身がバラバラに砕け散った。


 人形は上書きしているのだ。シエラの魔術を。


 恐ろしいことだが、それしか考えられない。


 シエラは自らを並みの魔導士よりは上だと自負しているが、それでもこうもあっさりと上書きされてしまうなんて。


 だがそうなれば魔術は使えない。


「古い方法で行くか」


 シエラは人形の繰り出した右からの突きを左手でいなし、右手で裏拳を顔面に叩き込む。そのまま回転して回し蹴りを繰り出すが、人形はお辞儀するように体を折って避けた。


 シエラはくるくると回りながら拳を構えて距離を取った。

 これで振り出しに戻った。慎重にすり足で動きつつ、相手の出方をうかがう。


 そしてシエラは一気に駆けだした。人形はそれに反応して左手首の剣を突き出す。突き出された左手首を掴み、相手の脇の下を抱えてひっくり返す。


 地面に仰向けに倒れた人形に向かってとどめのストンピングを繰り出すが、横に寝転がって回避。そして足を風車のように回しながら隙なく立ち上がる。

 だがそこにシエラの鋭いサイドキックが炸裂し、人形は思いっきり吹っ飛んでサーバータワーに背中を叩きつけられた。


 シエラは拳を構えたまま残心し、息を深く吐く。


「武器を持ってないからって、見くびらないで」

「見くびっていません。単純にあなたが強いのです」


 思わぬ褒め言葉に、シエラは訝しむように眉をひそめた。「……ありがと」


「ですが、私も負けるわけにはいかないのです」


 立ち上がるが否や、人形は両手の指に挟み持った三本ずつのナイフをアンダースローで投げつけた。シエラは防御の体勢をとらずにそのまま走り出す。


 そしてナイフに刺される寸前で飛び上がって水平方向にきりもみ回転、空中で飛んできたナイフの一本を掴み取り、それを逆に投げ返した。


 人形は左手首から伸びた剣でそれを弾くと、右手で突き上げるような動作をする。すると走っているシエラの前方の床が上に不自然に盛り上がり、顎に強烈なアッパーカットを喰らわせた。


 空中に打ち上げられたシエラは、後頭部から床に激突する寸前で床に両手をつくと、ハンドスプリングで立ち上がった。


 盛り上がった床が切断され、人形の右手首の剣が横に振られる。前転で回避し、立ち上がると同時に剣を振りぬいたその無防備な背中に回し蹴りを放った。


 背中を強打しつつも、人形は何とかそれを耐える。そして間髪入れずに襲ってくる頭部を狙ったボレーキック。


振り返ると同時にそれが鼻っ面に命中し、コマのようにその場で回転した。だが、人形もやられっぱなしではなかった。


 その場で回ると同時にナイフを投げたのだ。回転の遠心力を乗せて加速したナイフは、シエラの隙を完全に突いていた。接近していたシエラはかろうじてそれに気づくも、右腕を深々とえぐられてしまう。


「ぐっ……」


 すぐさまその場で方向転換してサーバータワーの裏に隠れると、傷の具合を確認した。


 ぱっくりと開いた傷口から血が漏れ出すが、魔導衣(ローブ)から染み出た白い止血フォームがそれを塞ぐ。手を握ってみると鋭い痛みに襲われ、思わず小さなうめき声を漏らした。


 その時、背後に気配を感じてとっさに首を横に傾げた。するとさっきまで頭部があったところを、サーバータワーを貫通した刃が通っていた。


 すぐさまサーバータワーの影から飛び出し、刃を引き抜こうとしている人形の首を刈りに行く。


 だが、一瞬遅く刃が引き抜かれシエラを襲う。


 迷っている暇はない。


 そのまま迷わず前進すると、その手首を押さえた。二人の視線が交錯し、見えない火花を散らす。


「これで終わりよ!」


 手首を押さえたまま後ろに回り、左手のひらを突き出して右ひじを破壊した。前につんのめるように数歩前進し、後ろを振り向く。


 しかしそこにはシエラは既におらず、地面すれすれの水面蹴りを放っていた。小跳躍で人形はそれを回避する。だがそれはシエラの思い通りの動きだった。


 水面蹴りを外したシエラは半回転すると、地面を蹴り上げて頭頂部をめがけたオーバーヘッドキックを繰り出したのだ。人形は腕を掲げてガード。


 しかしその重い一撃は腕をひしゃげさせ、バラバラに破壊した。


 腕が砕け散り、たたらを踏むように後退する人形。彼女にはもはや攻撃する手段は残されていなかった。


人形は直感していた。たとえ自らを永遠に剣に変えてしまっても、シエラを倒せないことを。


 シエラは自分の足元に突き刺さっていた人形のナイフを引き抜いた。それは驚くほどに軽く、刀身は紙のように薄かった。


「まだやる?」


 人形はその問に答えず、ただ立ち尽くしていた。


 破壊された両肘から、金色の液体が零れ落ちる。それは足元で小さな水たまりを作り、広がっていく。


 そのただならぬ雰囲気に、シエラは戦闘態勢をとった。実力はそれほどあるわけではない。だが、その戦い方には恐ろしい執念のようなものを感じていた。こういうのは追い詰められると力を発揮するタイプだ。


そして一歩、二歩と進み、急に力を失ったかのようにうつぶせに倒れた。

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