第43話「リブート」
突然トリノ號に現れた謎の人形によって破壊されたイオは、船のシステム内部で再起動した。
これはあらかじめシエラが仕込んでおいた非常用プロトコルだ。ところどころにデータの不整合が見られるが、今は大した問題ではなかった。
悟られないように、センサーを起動して船内をスキャンする。コックピットに放置された自分の残骸を認識して、イオは、不思議な気持ちになった。
(幽体離脱というものは、こういうものなんでしょうか)
パンドラを隠していた隠し部屋は開かれ、中はすでにもぬけの殻だった。さらにスキャンを進めると、中に二体の偽神(アルコーン)がいることが分かった。
(しめた。あの体をいただくとしましょう)
わざと関係ないビープ音を鳴らしてコックピットに一体誘導すると、天井から伸ばした触手めいたケーブルをその後頭部にジャックインした。
(中の構造は今まで見た偽神(アルコーン)の中でもかなり単純ですね……)
およそ一秒にも満たない間に、イオはそのサイクロップス級の体を乗っ取ること成功した。かつて自分の一部だった腕を拾い上げ、それをまじまじと見つめる。
気配を感じて後ろを振り向くと、船内で警戒していたもう一体のサイクロップス級が、こちらを向いていた。銃口は下に向けられている。
しかし相手はこちらを不審に思っているようだ。
偽神(アルコーン)同士を繋ぐネットワークに侵入しているイオには、それがはっきりと分かった。このままでは体を乗っ取ったことがバレてしまう。早急に決断する必要があった。
「あー、あのロボットってアホですよね」
質問の意味が理解できず、動きが一瞬硬直する。イオにはそれだけの隙で十分だった。正確な動作で持っていた腕を投げる。腕が頭部に当たり、相手がのけぞる。
腕を投げる瞬間に走り出していたイオは右チョップを突き出し、人間でいうちょうど鎖骨の間を貫いた。
すぐさま崩れ落ちるサイクロップス級の体を抱きかかえると、頭部からケーブルを伸ばして偽神(アルコーン)に接続、信号を偽装した。これで集合意識とも呼べる偽神(アルコーン)のネットワークを騙すことができる。
イオが乗っ取った偽神(アルコーン)の信号が消失したことをしつこく問い詰められると、イオは架空の侵入者をでっちあげて、侵入しているこのサイクロップス級を破壊し、船の最下層に逃げていったことを告げた。これで時間が稼げるはずだ。
次にこの〈イモータライザー〉のシステムにアクセスする。かなり乱暴なハッキング形跡、これは間違いなくシエラだ。ログを辿ると、無事重力ビーム発生装置を止めたようだ。
最期に船内にあるセンサーの情報を調べる。これは強固にロックされていたが、トリノ號のコンピューターを利用してハッキングすれば、データをある程度は引き出せるはずだ。
それは鍵穴から部屋を覗き見るのに似ている。むしろこれだけに演算パワーを持ちながらも、それだけしかできないのだ。
この強固な防壁に、イオは舌を巻いた。
全てを見る必要はない。知りたいことだけをピックアップするだけでいい。探したのはパンドラの行方だ。トリノ號から連れ出されたあと、人形と共にシエラたちを追うように移動する姿が見えた。
そして人形が二人を拘束、再び移動して別の部屋に入っていくが、そこのデータは取得できない。しばらくして部屋からパンドラを連れた謎の魔導士が出てくる。
データストリームを中断して、床に転がっているライフルを手に取った。やることは二つ。リュウト、シエラの救助と、その後にあの魔導士を追うこと。レバーを引いて弾薬をチャンバーに送り込むと、決断的な足取りでトリノ號から出た。
◇◆◇
サイクロップス級=イオがライフルの銃口を、シエラの手錠に向ける。人形がその意図に気付いた時には、もうすでに手遅れだった。
「よしなさい!」
ライフルが火を噴き、手錠が破壊される。人形はくるりと回りながら手のひらで白いナイフを生成し、それを三本投げる。シエラはそれを横に飛び退いて避けた。対象を失ったナイフはカカカ、と床に突き刺さる。
すぐさま銃口を向けると、人形はサーバータワーの後ろに隠れてしまった。マズルフラッシュがストロボのようにイオを照らし、銃弾が黒いフレームを叩く。
「イオ! リュウト君を連れて、行って!」
人形をけん制するように執拗に弾を撃ち込みながら、イオは叫び返す。
「どうするつもりです⁉」
「急いでシキを追わないと!」
撃ち切ったライフルの弾倉を交換すると、リュウトの手錠を銃で破壊して無理やり立たせた。これを好機と見た人形がサーバータワーの影から飛び出すが、横から腰に向かってタックルしてきたシエラによって床に倒される。
「シエラさん!」
「リュウト君! 行って!」
「でも……!」
「リュウト様、早く行きましょう!」
渋るリュウトを急かすように、イオがその腕を引く。リュウトは二人を交互に見た後、後ろ髪を引かれる思いで、出口に向かって走り出した。
開いたドアに待ち構えていたサイクロップス級に、片腕で構えたライフルのありったけの弾を撃ち込むと、死のダンスを踊って倒れた。
武器を持っていないリュウトは、そのサイクロップス級の腕からライフルをもぎ取った。
「急ぎましょう。まだ間に合うかもしれません」
「どこにいるか分かるのか?」
「そりゃあもう! こちらです!」
握った銃の感触を確かめながら、リュウトは走った。
微かな希望を、胸に抱いて。
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