第32話「サプライズ・アタックpart2」

「リュウト!」


 唐突に聞こえた呼び声に、思わず手が止まる。それはパンドラの声だった。すぐ下から聞こえてくる。まさか部屋から抜け出してきたのだろうか。


「パンドラ、ダメだ!」


 敵機に向けられていた集中が途切れる。その一瞬が、命取りだった。


『リュウト危ない!』


 クラークがフードを展開する。そして、銃座が爆発した。


 敵のミサイルが直撃したのだ。


 薄くなっていたシールドは今の攻撃を受けてそのほとんどが消滅し、直撃を受けた銃座からは煙が噴き出していた。


『リュ……様! 大丈夫……か!』


 壊れた通信機から、イオの途切れ途切れの音声が聞こえてくる。


 リュウトは爆発からかばうようにして、パンドラを抱きしめていた。そしてそんな二人を、全身から伸びた帯がシェルターのようになって守ってくれていた。


 帯が解け、強い風に目を細める。


 世界が、燃えていた。


 おがくずが燃えるような匂いが鼻孔を刺激し、衝撃で遠くなった耳には、爆発音がエコーのように響いている。


 痛む頭を押さえつつパンドラの顔を見ると、彼女は泣きそうな顔になってこちらを見ていた。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったのだろう。泣こうにも声がでないといった状況だった。


「大丈夫。俺がいるから。大丈夫だから」


 体に傷がないことを確認して安堵したリュウトは、その体を再び優しく抱きしめて、頭を撫でた。強い風でその白い髪が大きく揺れる。その頭上を敵のビームが掠めていった。


『リュウト君! 大丈夫なの? お願いだから返事して!』


 魔導衣ローブを介した直接通話は無事だったようで、シエラの声が聞こえてきた。


「えぇ、大丈夫です。パンドラも無事です」

『良かった……と言いたいところだけど、今はそれどころじゃないわ。リュウト君、中央船室まで降りてきて』

「……分かりました」


 パンドラを抱きかかえたまま中央船室に戻ると、そこには腕を組んだシエラが立っていた。そして片眉を上げると、「こっちに来て」と手招きした。


 コックピットに向かいながら、シエラは言った。


「悪いけど、この船の操縦を頼めない?」


 突然の提案にリュウトは思わずぎょっとした。

 宇宙船を操縦してくれだって?


「でも俺、こういうの操縦したことないんですけど……」

「時間がないの……イオ! リュウト君に操縦を代わって」


 コックピットに入るや否やシエラが放った言葉に、イオは思わず彼女を二度見した。


「正気ですか!」


「えぇ、もちろん。ここから脱出するには、全員の力が必要なの。それに時間がない。だから手短に話すわ。今から大気圏内ワープを敢行する。私は船の外に出て敵機の迎撃と船を覆う空間共振フィールドを張る。

 クラークはここで共振周波数の計算と龍理ろんりゲートドライブの調整を手動でお願い」


「なるほど、聞けば聞くほど正気を疑いますが、筋は通ってます。……しかし、よろしいのですか?」


 シエラとイオは何やら深刻そうな話をしているようだが、リュウトには何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「えぇ。覚悟はできてる」


 彼女はそう言うが、リュウトにはまるで覚悟なんてできていなかった。何せこれから操縦するのは異世界の超高性能な宇宙船なのだ。自転車を動かすのとはまるでわけが違う。


「ではワタクシは準備に入りますので、リュウト様、お願いしますね」

「シエラさん! 俺には出来ませんよ!」


 コックピットを出かけたシエラが、背中越しにこちらを見る。


「俺はただの高校生なんですよ!」

「パンドラを守りたいなら、やってみせなさい」

「そんな無茶な……!」

「男の子なら、その無茶を通してみせなさいよ!」


 パンドラを抱く腕に力を込める。シエラの言うことは、たぶん間違っていない。この小さな命を、しかも女神の命だ……それを奪おうとする輩から守るには、多少の無茶は通さねばならない。


 緊張で荒くなった息を整えるように数回呼吸をして、


「……死んでも、文句は言わないでくださいよ」

「君なら大丈夫。死にはしないさ」


 コックピットに座り、不安定に動き始めた二本の操縦桿を掴むと、そのずっしりとした重さに全身が緊張するのを感じた。


『大丈夫だリュウト。言ってなかったが、お前の身体はお前が思っているよりはるかに高性能だからな』

「だからああやって戦えるのか」

『そういうことだ』


 シエラはリュウトの肩に手を置くと、「お願い」とだけ言ってコックピットから出ていった。


「……俺だって、男ですから」


 もはや頼れるのはリュウト自身と、クラークだけだった。風圧に揺れる操縦桿をもう一度しっかり握って、息を吸った。


「パンドラ、しっかり捕まっててくれ」


 祈るように言い、フットペダルをぐっと踏み込んだ。船が加速してシートに体を押さえつけられる。


どうすればいいのかは分からない。だが今はシエラたちと、自分の操縦を信じて、やるしかなかった。


◇◆◇


 穴の開いた上部銃座から船外に出たシエラは、フードを被って背後から迫る戦闘機に相対した。発射されたレーザーが魔導衣ローブの表面を焼くが、シエラの肉体を蒸発させるには到底至らない。


 それから正面に掲げた掌を握ると、下から突き出した樹木に貫かれて戦闘機が爆散した。 


「イオ、座標の入力は?」

『済みました。現在、ゲートの共振周波数を計算中です』

「急いで」


 輸送船クラスの船体に共振フィールドを張り続けるのは、並みの魔導士にできる芸当ではない。しかも通常航行時ならまだしも、現在は戦闘中、しかもパイロットは素人ときた。はっきり言って無謀もいいところだが、無茶無謀を通さなければ、生き残ることなどできやしない。


 実際、今までそうやって生き残ってきた。不可能だと思える状況をいくつも脱してきただから今回も……


『上手くいきます……よね?』


 機械にしてはこちらが不安になるほど曖昧な言葉だが、シエラは自信たっぷりに頷いて、


「根拠はない。だけど自信はある」


 両掌を迫りくる敵機に向けると、魔導衣ローブの 紋様が淡く輝いた。

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