第33話「スーサイド・マニューバ」

『この先に巨大な陥没穴がある。もしかしたらそこで撒けるかもしれん』

「行けるのか?」


 今にも暴れだしそうな操縦桿を必死に押さえつけながら、リュウトはクラークを見た。その淡く光る白い目が、こちらの目を覗き込む。


『俺を信じろ』


 頷いて、クラークのナビ通りに陥没穴に突入した。同時にHUDが切り替わり、センサーアレイがスキャンした、洞窟内の詳細なCGが表示された。


 洞窟内の尖った鍾乳石が多く存在する中、トリノ號は船首のライトで闇を切り裂きながら鍾乳石の間を縫うように飛んでいく。そしてその後ろを戦闘機が追随する。

『リュウト君⁉ 私をスムージーにしないでよ⁉』

「分かってますよ」


 そう言い返しながらも、リュウトの額を汗が流れた。

 

 その時、敵機の放ったミサイルがすぐそばで爆発して船が大きく揺れた。バランスを崩した船は上へ下へとフラフラと飛ぶ。


「クソッ……耐えろよ!」


 クラークのアシストのおかげもあって、何とか船の姿勢を安定させる。だが追跡は止む気配はなかった。


『相手は機械だ。あっちが全滅するまで追い続けてくるぞ』

「分かってる!」


 機体を四十五度傾けて壁面と水平になるように飛ぶと、横に並んだ石の間をすり抜けた。それに対応しきれなかった先頭の一機が、石にぶつかって爆発する。


 それから数回、激突しないように、息を呑むような曲芸飛行を繰り返した。それでも追い続ける敵戦闘機に、リュウトは舌を巻いた。


 しかしそれ以上に、自分の操船のスキルに驚いていた。


「このままならいけるか……?」

『あぁ……ちょっと吐きそう』

「シエラさん! もう少し耐えてください!」


 だがセンサーアレイによると、この先は行き止まりのようだった。


「行き止まり!」

『いや違う!』


 クラークが袖部分の帯を伸ばしてコンソールを操作すると、それは地上に続く縦穴のようだった。


 一気に加速し、操縦桿を思い切り手前に引いた。急激なGによって船体が軋みを上げる。船が垂直になる寸前、下部銃座が壁と接触して外れて落下していったが、それでも構わずに速度を上げた。轟音が船体を押し上げ、暴れる操縦桿を必死に抑え込む。


 強烈な加速度に目を瞑るパンドラ、その背中にリュウトは手を回した。


「大丈夫。絶対に大丈夫……」


 そして地上に飛び出したトリノ號は大きな弧を描くように縦に回転すると、船首を穴に向けた。


「武器はないのか!」


 必死にコンソールを叩いて、それらしきものを呼び出すと、HUDに照準が表示された。これがどういった武器なのかは分からなかったが、とりあえず撃てば分かる。


「捉えた……ッ!」


 正面の戦闘機をロックオンして、操縦桿のトリガーを引く。


 船首に取り付けられた二つの四連装榴弾砲――クアッドランチャーの砲身が回転し、榴弾を次々に吐き出す。


 直撃を受けて穴だらけになった戦闘機は一瞬遅れて爆発し、オレンジ色の光で周囲を照らした。


『やるわねぇ!』


 爆炎を貫いて垂直に降下する機体を墜落する前に水平飛行に戻したが、まだ三機しか撃墜できていない。気付けば、廃墟になった都市の上空を飛んでいた。


「ここは……?」

『大昔の都市だろう。廃棄されたようだな。生命反応はない』


 なら、と高度を落として、ツタに覆われたビルに囲まれる中、通りの上を低空飛行する。その後ろを残った三機の戦闘機が追従する。


「これでも喰らえ!」


 スイッチを押して、トリノ號は正面にミサイル発射した。が、これでは敵を撃墜できない。リュウトは別の物を狙ったのだ。


 発射された二発のミサイルは緩やかなカーブ描いて、通りの左右に立ち並ぶビルに命中した。それからビルが轟音を立てて崩れ始める。


 崩れ落ちるビルの残骸をすり抜けようとした先頭の一機が、崩落に巻き込まれて潰される。リュウトは急減速してトリノ號を反転させると、クアッドランチャーの砲口を追ってくるニ機に向けた。


 残骸を飛び越えて、残った戦闘機が現れる。リュウトは再びトリガーを引いた。突然のことに対応しきれなかったニ機の戦闘機は、成すすべもなく蜂の巣にされ、爆散した。


「これで――」


 安心しかけた瞬間、ロックオン警報のブザーが鳴り、リュウトは小さく悪態をついた。もう一度反転し、敵の追撃を逃れる。

 外れたレーザーが通りのコンクリートを穿っていく。ペダルを踏んでいた足が急に軽くなり、全身が震えた。


「また来るのか……イオ! まだ?」


 中央船室にある電話ボックス大のドアの前で、イオは操作コンソールに外付けした端末を操作していた。


「もう少し、もう少しです……! あぁもう! どうして外付けなんかに……ああ! できました! シエラ様! データを送信します!」

『頼むよ!』

 

 トリノ號の上部に張り付いているシエラは、両掌をしっかりと装甲板に押し当てた。そこから光が広がり、船体を覆いつくす。

 これで船を現実世界に定着できた。シエラが生きている限り、船が空中分解することはないだろう。


 あとはうまくいくことを祈るだけだ。


『お願いよ……イオ、リュウト君……!』


 コックピットに座るリュウトは左側にあるレバーを見た。龍理ろんりゲートドライブ、つまりワープ装置を起動するためのレバーだ。


 シエラさん……!


 そしてレバーを引いた。エンジンの鼓動が高まり、そして止まった。だが、ワープが始まった様子はない。


「イオ?」


 全身から嫌な汗が噴き出るのを感じた。後ろからは容赦ない攻撃が迫ってきている。リュウトはとうとう死神に心臓を掴まれたような気がした。



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