第14話「パンドラボックスpart2」

「あの、シュシュエさん?」

「どうしました?」


 部屋に案内されている途中で、リュウトは横に並んで歩いているシュシュエを呼び止めた。


「あの、俺やっぱりあの子のとこにいたいんですけど……」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 シュシュエはニコリ、と笑ってリュウトの案内を続けた。見た目からして少し厳しそうな人だったので、リュウトは少し安堵した。


「あの子は、妹さんですか?」

「え、えぇ、まぁそんな感じです」


 少し上目遣いにこちらを見るシュシュエに、少しドキリとした。その紫の瞳が、こちらの隠し事を見透かすように光って見えたのだ。


「お名前は?」


 どうするべきか、リュウトは迷った。この調子でいくと、洗いざらい喋ってしまいそうだ。いっそ全て話してしまおうかとも考えたが、それはクラークの信頼を裏切ることになる。


「パンドラ、です」

「パンドラさん、ですか……」

「知ってるんですか?」

「それは、その名前って女神の名前ですから」


 ぽつんと取り残されたリュウトは、しまったと額に手をやった。そんなリュウトの脇腹ををクラークが触手で小突く。


「痛っ……」

「これでバレたらどうする」

「だってさ……わざとじゃないよ!」

「どうしました?」


 こちらを振り返って小首を傾げるシュシュエに、リュウトは愛想笑いを浮かべた。


「あ、いえ、何でもないです。でも、パンドラって、あんまりいいイメージないですよね?」

「そうですか?」

「だってほら、『パンドラの箱』って、よく言うじゃないですか。開けたらマズいってやつ」


「それもありますけど、パンドラって、旧世紀の言葉で『最初の贈り物』っていう意味もあるんですよ。だからこの世界に龍理ろんり魔術をもたらした女神のことを、パンドラって呼ぶんです」

「なるほど、そういうことなら……」

「着きましたよ」


 医務室のドアを開けて、シュシュエが中に入るように促す。


「彼女はナナサンとハチサンに任せてありますから。私は仕事があるので、ブリッジに戻ります」

「あ、ありがとうございます」


 では、とシュシュエは礼をして廊下を歩き去っていた。その背中を見送ってから部屋の中に入ると、つんとしたアルコールの匂いが鼻についた。 病院や保健室で嗅いだ匂いに、不思議と安心感を覚える。


 中に置かれたベッドで寝かされているパンドラは、静かに寝息を立てていた。クラークはそんな彼女の元に飛んで行って、その傍でふわふわと漂った。


 それから角ばった外観のロボットがリュウトに近づいてきて、


「初めまして。ワタシはタイプ73。通称ナナサンです」


 急に現れたロボットに少々驚きを隠せなかったリュウトだが、小さくお辞儀をした。


「あ、どうも」


 それからナナサンと名乗ったロボットは、パンドラの隣で検査らしきことを行っている別のロボットを指し示した。


「あちらはタイプ83。ハチサンです」

「まんまなんですね」

「よく言われます。彼女のことでしたら心配ありませんよ。静かに眠っています。今は――」


 何かを考えるようにナナサンは少し俯く。瞳のランプ部分をチカチカと輝かせると、顔を上げた。


「――夢を見ているようです。楽しい夢だといいですね」

「はい。本当に……」


 女神も夢を見るのだろうか? それならもう、ほとんど人間と変わらないのではないだろうか。

 リュウトはクラークの隣にある椅子に座ると、パンドラの顔を見た。痛みを知らない、幼い無垢な顔を。


「それなのにあんなことをするのか……」


 リュウトは先ほどのロボットたちが襲ってきたことを思い出して、ぼそりと呟く。


「だが、今はシエラの言葉を信じる他はない」


 何も言わず頷いたリュウトはパンドラの小さい手を取った。温かい、生きているという感触が伝わってくる。


 それからふとパンドラを見ると、その灰色の瞳がぱっちりと開かれ、こちらを向いていた。


「リュウト!」

「うわ、ちょちょちょ!」


 そしてリュウトの名を呼ぶと、パンドラはベッドから飛び出す勢いで、首に抱き着いてきた。しかしそれで態勢を崩したリュウトは、カーテンを引っ張りながら後ろに倒れてしまう。


「これがパンドラか!」


 その時、医務室のドアが開き、そこからシエラが現れた。


「リュウト君って子は――何やってるの?」


 困惑したような表情でこちらを見下ろすシエラに、リュウトは苦笑した。





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