第10話「スター・シップpart2」
戦闘艇の中は、外から見るよりも広く思えた。ハッチから入って、貨物室から中央船室へ昇る。
円形の中央船室はグレーの質素な内装に、天井にはチリンチリンと鳴るアクセサリーのようなものが吊り下げられていた。
「この船は〈トリノ號〉。で、私がその船長ってワケ」
シエラはリュウトの肩に手を置くと、そこにあるソファを指さした。
「彼女はそこに寝かせておきなさい。抱えたままコックピットに座るのは無理だろうから」
そのソファにパンドラを寝かせると、そばにあった毛布をかけてやった。すると床からの振動が強まり、エンジンの駆動音が高まっていくのが分かった。
「イオ! 船を出して!」
掛け声と同時に船のエンジンが唸りを上げ、ぐっと地面に押されるような感覚に襲われた。
「さ、彼女に傍にいてあげたいのも分かるけど、ちゃんとシートに座らないと」
リュウトは頷いて、シエラとともにコックピットに入った。コックピットには座席が四つあり、右側の操縦席には、座席の両側から飛び出した二つの操縦桿を握るロボットが座っていた。
「紹介しよう。私の相棒、イオだ」
それは黒く細いフレームで構成されたロボットだった。先ほど襲ってきたものとは違い、すらりとしていてより洗練されているように見える。顔の部分はディスプレイになっていて、そこに表情のアニメーションが表示されていた。
「初めまして。ワタクシはIO―1138。どうぞイオとお呼びください。さぁ席にお座り下さい。これから少々、揺れますよ」
トリノ號の副操縦席に収まったシエラは、コンソールのスイッチを押して、立体レーダーを呼び出した。ホログラムには三隻の巨大な戦艦が映っている。
「こりゃあ、マズい相手に喧嘩売ったかな」
「えぇ、そのへんの海賊とはワケが違います。とにかく、この星から脱出しましょう」
大気圏を突破する準備を行いながら、イオは言った。「最終加速に入ります」
「口を閉じていてください。舌を噛みますよ」
リュウトは座席に座りながら、じっとりと汗ばむ手でシートベルトを掴んだ。大気圏突破どころか、飛行機にすら乗ったことのないリュウトは、この足の下に空があるという事実に恐怖した。
もし床が抜けたら、などといったことがつい脳裏をよぎり、足の感覚がなくなったように思えた。
「では、行きます。しっかり掴まってください」
それと同時にドン、という爆発音がして、リュウトの身体を後ろに引っ張られる感覚が襲った。ガタガタと震えながら、ぎゅっと目を閉じて加速に耐える。
何秒間それに耐えたのか分からないが、唐突に船の揺れが収まり、緊張が解けたリュウトは大きく息を吐き出した。
キャノピーの奥には、見慣れた空ではなく、ただの黒い空間が広がっていた。夜空とは違い、星の光すら見えない不気味な空間に、思わず唇を噛む。
「今度、慣性制御装置をアップグレードしないと」
「お金があれば、ですが」
「……そうね」
げんなりとした表情でシエラが答える。すると、船内に甲高いブザーが鳴り響いた。ここがまだ大気圏内なら、落ちても
突然襲ってきた死の実感に、冷や汗が噴き出る。
「敵艦にロックされました」
「分かってる。リュウト君、今すぐ銃座に――」
副操縦席から立ち上がろうとしたシエラを、イオが制した。
「――ご安心ください。増援を呼んでおきました」
「増援? いつ来るの」
その時、敵の戦艦の一隻が爆発した。エンジン部分から噴き出す炎が、その外殻を引きちぎっていくのが見える。
「シエラさん、これは……」
そう立ち上がったシエラを見上げたリュウトに、彼女は驚きに満ちた表情で答えた。
「あの船は……〈オルフェウス〉だ……!」
敵艦の背後から、さらに三隻の戦艦が幾筋もの光軸を吐き出しながら近づいてきていた。そのうちの二隻はいくつかの箱を組み合わせたような形だが、中央の戦艦は他のより一回り大きく、何よりもその外観が特殊だった。
銀色に光る船体は、複数の曲面から構成されており、それは戦艦というより一種の彫刻品のように見えた。
その主砲から放たれるレーザーが敵艦の表面をなぞり、一瞬遅れて爆発する。
たちまち三隻の艦は蹴散らされ、オルフェウスとその随伴艦がこちらに近づいてくる。恒星の光を反射する白銀の艦は、厳かな威厳をみなぎらせていた。
「ほら、今来ましたよ」
「言うのが遅すぎ」
「サプライズですから」
シエラがギロリ、と睨むと、イオは驚いたような表情をし、急いでトリノ號の操縦に意識を向けた。
リュウトは深く息を吐いて、シートの背もたれに身を預けた。緊張で手がまだ震えているのが分かる。クラークが身体から分離し、再びタコの姿になって漂い始めた。
「ま、これで一件落着ってね」
親指を立てるシエラに、リュウトは弱々しい笑みで答えた。
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