ある男の独白
Rain☂
文書
「俺は、いつもそうだった。怒りも、哀れみも、そんなもの不愉快にしか感じなかった。」
そう書き始められた手記を、私は見つけた。
それが見つけられたのは、ひとつのパーソナルコンピューター、パソコンからだった。
それはAIが管理していたようで、酷く硬いファイアウォールに守られていた。
結果、それが開いたのは本体が見つけられてから20年もたった後だった。
これを読むのは、死者への冒涜かもしれない。
しかし、これを放置して廃棄するのは、書いた者への冒涜に思えて仕方なかった。
私は、作家ではない。
ライターでも、記者でもマスコミでもない。
しかし、それでも、この文書を見捨てることは出来なかった。
不思議と、吸い込まれるようなものだったからかもしれない。
ここに、それを残そうと思う。
いつの日か、この文書を残した男を理解する者が現れる事を信じて。
俺は、いつもそうだった。怒りも、哀れみも、そんなもの不愉快にしか感じなかった。
俺という人間は、基本的に浅慮だった。
人の気持ちを蔑ろにしてまで、自分の気持ちを押し通す男だった。
別段、他人を気にしないわけでもない。
それでも、自身を浅慮と言わざるを得なかった。
俺が生まれた家は、自身をいれて5人ほどの貧相な家庭だった。
姉が二人いた俺は、末子で、いわば標的によくなった。
その家庭に、嫌気はなかった。
むしろ好きだった。
優しい父も、時折怖い顔をする母も、浅慮で横暴な姉も。
結局のところ、末子だった自身は愛されていた、ように思う。
例えば、店の都合で解雇された時は皆一様に慰めた。
母は代わりに怒ったし、父は新しい職場を提供してくれた。
馬鹿にしてくると思った姉は、「やめてよかった」と口々に言った。
そう考えると、貧しいなりによい家庭だったと思う。
と、このように考えるようになったのは、大学生になってからだった。
さて、俺の過去を綴ろうとしたのに恐ろしい程に脱線した。
俺が怒りだとかの感情を浅はかに考えたのは、そうだな、だいたい小学六年生ほどだった。
くだらないだろうとはおもうが、当時の俺は裏切られたことに酷く怒っていた。
くだらん裏切りの話など語らないが、酷く怒った。
怒り狂い、絶望していた。
しかし、俺は諦めた。
裏切者に怒ることも、助けを大人に乞うことも、その裏切者が遊び感覚でしでかしたことに哀れみを持つことも。
それらすべてが無意味であると、諦めた。
それが、楽だった。
深い深い、安寧だった。
それから、俺は中学に上がり幼馴染や小学以来の友達以外に新たな友人を迎えた。
彼らは、自らの足りないところを補ってくれているかのようだった。
総じて、俺たちは何かが欠けていた、ように思う。
例えば、周りの人間との協調性だとか、感覚的なものだとか。
そんな、つまらない所だった。
俺たちはそんな事は気にも留めなかった。
俺たちは、俺たちであればよかった。
だが、周りはそうではなかった。
例えば、その周りの批評の中に絵の上手い女がいた。
俺の相談にはよく乗り、絵がうまく、話を考えるのが上手い女だった。
その女は確かに欠点こそあったが、よい人性をしていった。
その欠点が、批評を呼んだ。
その女は、心を開いていない者には無口で不愛想。
自身のやりたいことをしたがる、いわば天性の芸術家だった。
そんな女に親は匙を投げ、先生と呼ばれる教師どもは指導すら碌にできやしない。
挙句の果て、同じ生徒であり、近しい仲にあった俺に何もかもを丸投げする始末だった。
例えば、周りの批評の中に幼馴染の男がいた。
同じく相談に乗り、気前もよく、お人よしだった。
他人に良くでき、頭も良く、人格者だった。
それに合って、俺たちはよく、「二人は一つ」なんて言っていたものだ。
それを周りの連中は、付き合っているだのなんだのと囃し立ててきた。
俺を嗤うのは別によかった。
人間に対して、諦めていたから。
それを、あまつさえ彼本人に問いただす愚図っぷりを見せられた。
例えば、例えば……挙げればキリがないだろう。
俺は、自分自身、恐ろしいと思うほど、友に心酔している。
友のためならば、と思うほどに。
危うく、狂っていたとおもう。
その気持ちが再び思い起こされたのは、20になったころ。
俺は、母にいつも言われていた。
「役に立たない人間は、社会に要らない。不要なものを生み出した責任はとる」
と。
それは、所謂予告のようなものだった。
頭のいい人間は、母の言葉の意図に気付くだろう。
俺も、それを承知していた。
むしろ、“それ”こそが唯一の救いであると信じ切っていた。
だからこそ、俺は快楽的に生きてきた。
だが、その夢を、幻想を俺自ら否定していることに気付いていなかった。
「お前は、必要とされるよ」
その言葉だけで、幻夢は打ち砕かれた。
俺に夢は消え、現実だけが残された。
酷く、震え、絶望し、渇望し、そして――――――
自らに怒りを覚えた、ような気がする。
そんな、自らの不遜を呪い恐ろしいほどの残暑の中、俺は近くの公園にいた。
意味こそなかったが、家にいてもなじられるだけだったから、一人になりたかった。
まったくもって、非生産的な人間だった。
そんな日々が続く中、俺は、一人の女性と知り合った。
白い髪――――否、白夜のように輝く銀髪を携え、健康的な肌の焼けを持った女性だった。
その女性は、妙に俺に付きまとった。
観光客であるらしいのに、いつも同じ公園に来るのだ。
あまりにしつこいから、軽くあしらって家に帰った。
それでも、彼女は話しかけ続けた。
だからだろうか、俺は絆されて、会話してしまった。
この国のこと、自分のこと、価値観のこと―――――――
今にして思えば、酷く酔っていたのかもしれない。
彼女はそういったことを一通り聞いて、こういった。
「あなたは自分を大事にするべきよ」
そう、[[rb:精神を逆なでする > 言ってはいけない]]言葉を放った。
その言葉を聞いて、俺は激高した。
「お前になにが分かる。ああぁそうだ、[[rb:お前たち> 大人共]]はいつもそうだ!
自己満足に子供にそういうんだ。そのくせ回答も、あまつさえヒントすら投げてよこさない!」
俺は言葉をつづけた。
「そうだ、そういう[[rb:お前たち> 人間]]が大嫌いだ。
お前たちは理解しない!俺ではなく、友人たちを!あげくの果て投げだした!
俺を見る事はしても、彼らを見やしない!俺なんかより、よっぽど出来るというに!」
息を切らしながら、激高は続く。
「どんなに功績をあげても、貴様らがみるのはリーダーだけだ!そうだ、もういいかげんにしろ!
俺ではないんだから!」
息切れをなんとか抑え込んで、自身をとがめるくらいには冷静になった。
「……あなたは、期待に応えるのがしんどいのね?」
「……あぁ、もう、いいだろ。もう、心は死んでいる。」
「なら、助けてあげる」
それは、悪魔のような、神様のような言葉だった。
「君が望むなら、助けよう」
「……」
「もちろん、君が望む方法で」
「……俺は」
俺は、ただ。
この現実を塗り替えたい。
とだけ、告げた。
そうして俺は、支度をした。
友も、家も、すべてを捨てる覚悟をするために。
もっとも私が気を使ったのは、友の処遇だった。
下手に失踪すれば、彼らは私を追うだろう。
何故、そういえたのか――――――
私は、彼らを守るという名目で、私という沼に[[rb:束縛していた。> 引きずり込んでいた]]
いわば、新興宗教にはいった信者のようなものといえば、感覚は伝わるだろうか。
彼らはある種、私を信じている。
―――――――彼らを裏切らない、私でいると。
余りにもひどい我儘だ。
しかし、疲れているのも、また事実だった。
自分でしたことの癖に、自分でつかれているのだ。
馬鹿だろう、阿呆だろう、間抜けなのだろう。
それでも、私は、彼らを、守りたかった。
どうしても、命を懸けても、それでも。
足りなくて、私は私でなくなろうとしていた。
「……いいんだね?」
「……あぁ。それで」
「では、計画道理に」
そういって、彼女は去った。
これは、致し方ないのだと思う。
否、思いたいのだ。
そうして、私は
引き殺された。
いや、まあ、ここで手記を書いている以上、生きているんだが。
トリックも、種も仕掛けもあるんだが、ここにはかかない。
なぜなら、無意味だし、勝手に使われても困るからだ。
さて、私の書きたいことは一通りかいた。
どう纏めようか、とも思うが、書くだけ書いた。
巻末に書くこともないから、ここで筆を置く。
読む人間は、よほどのお人よしか、それとも。
同類か。
これを見つけたのは、パソコンだと書いたが正確には差異がある。
このパソコンがあったのは、とある機関の執務室だった。
どうやら、書いた人間はそれなりの地位にいたようだ。
彼は何をおもって、此処まで耐え抜いたのだろうか。
ここに書いたのは、もしかしたら夢、絵空事なのかもしれない。
彼は友に対して、懺悔したかったのだろうか?
機関は、恐ろしい程の雪山にある。
彼は、きっと、ここにある友人とは、二度と会わなかったのだろう。
職員の誰も知らず、この文書はファイアウォールに守られていた。
彼は、おそらく、誰にも。
一言も、話さなかったのだろう、と。
私は推理する。
なぜなら、私は――――――――――――
ある男の独白 Rain☂ @sakomi012
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