第100話 付き合い始め。


「はあ、はあ、こ、こま、高麗川……俺、俺、もう……だめ……だ」


「駄目……だ、もっと、もっと……頑張れ……」


「はあ、はあ、はあ、む、無理……そ、そんないきなり……は」


「もう少し……もう少しだから、もっとほら……動かして」


「はあ、はあ、もう無理だよ……本当に……無理……」


「だらしないぞ、僕はまだまだ……行ける……だから……一緒に……行こう」


「駄目だ……俺はもう……もう……もう限界……限界だあああああ」


 

 俺はそう言いながらその場で倒れ込んだ……堤防の土手、ランニングコースの横の芝生に……。


「ああああ、だらしないなあ、たった10キロも完走出来ないなんて~~」

 殆ど息切れもせずに、倒れ込む俺を高麗川はニッコリと笑って見下ろす。


「む、無理に、決まってるだろ?! はあ、はあ、な、なんて……ペースで走らすんだ、俺は素人だ!」

 いくら女子だって走るのが本職のお前としかもこんなハイペースで一緒に走れるか! この鬼! 悪魔! 魔王! 


「だって君は僕と付き合うって言っただろ?」


「朝のランニングに付き合うって意味だったのかよ!」


「そうだけど? 昨日そう送っただろ?」

 他に何がある? ってな顔で俺を見つめる高麗川……マジか?


 昨夜高麗川からのメッセージがスマホに届く……。

 『明日朝6時走れる格好で土手に集合』

 

 場所とハートマークが追加されたメッセージを受け取った俺は朝デート? なんて微かな期待を持ったまま待ち合わせ場所に来てみれば、普通にランニングだった。

 

 しかもいきなり高麗川のペースで……。


 昔はやっていた、毎日のように親父に走らされていた。

 でも、最近筋トレは時々しているが、ランニングなんて全くしていない……。


「ああ、こんな事なら桜を連れて来れば良かった……」

 現役の桜なら高麗川に勝てはしないだろうが、そこそこ付いてはいける気がする。


 軽くストレッチをした高麗川はゆっくりと寝転ぶ俺の横に座った。

 早朝で少し冷えるからか今日の高麗川はランシャツではなく白のジャージ姿。

 俺も同じジャージなんだけど、何故か俺が着るとカッコ悪いが、高麗川が着ると格好いい……そう思ってしまう。


 そう……そうなんだ……高麗川は格好いいんだ。

 寝転びながら高麗川を見つめ改めてそう認識した。


「桜って?」


 土手から見える川面は朝日でキラキラと光っている。

 高麗川の顔にはうっすらと汗がにじみ、同様にキラキラと綺麗に光っている。

 俺はゆっくりと起き上がると、高麗川の隣に座り胡座を組んだ。


「あ、ああ……えっと、いとこ」


「連れて来れば……とは?」


「……桜は現役なんだよ、時々家に来るんだ……」

 実は昨日も……またやろうって……何をやろって言ったかはとりあえず置いておく。


「ふーーん、成る程……君の弟子か」


「ち! 違う、親父の、親父の所で」


「隣町にある五十川クラブだろ? だったら君の家に来る必要は無いよね?」


「な! 何で知ってるんだ?!」


「ふふふ、僕は君の事なら何でも知っているぞ」


「こわ!?」


「好きな人の事は何でも知りたいもんだよ」


「……そうか……まあ……そうだよな……」

 そうだよな……俺は瑠の事……そこまで知ろうって思わなかった……瑠も俺の事はあまり聞いて来なかった……やっぱり俺達は……歪んでいるのか……。

 てか、今好きって言った? やっぱり好きなのか? 俺の事を? 


「自分の夢を託したって所かな?」


「そ、そんなんじゃ無いけど、なにかと俺に絡んで来るんだ」


「そうか……そんな人がいるんだ……知らなかった……」


「ん?」


「いや、何でも無い、じゃあそろそろ休憩も終わったし、ゴールまで行こう」

 高麗川は俺の手を取ると強引に引っ張り俺を立たす。


「ま、マジか……まだ走るの?」

 少し汗ばむ高麗川の柔らかい手に俺は少しドキドキしてしまう。


「ゴールしたらご褒美を上げよう」


「ご褒美?」

 俺の手を引き、今度はゆっくりと走りながら高麗川は屈託無い笑顔でそう言う。


「10キロゴールしたらキスして上げよう」


「は? いやいや、いらんし」

 またか、瑠に対抗心を燃やしているのか? この間からキスにこだわりまくる高麗川……。


「うーーむ、それじゃ不服か……じゃあそうだ! どこでも好きな所にキスさせて上げよう」


「どどど、どこでも?」


「……うわーーエッチだ、エッチな事を考えているな! さすがエロゲーマーだ!」


「エロゲーマーはお前だ!」


「あはははは、僕はギャルゲーマーだ」


「嘘つけ!」

 きつく苦しいけど……でも……楽しい……やはり身体を動かす事は嫌いでは無い。

 そしてこうやって楽しく会話しながら走るなんて……初めての経験だった。


 もし……身近に高麗川みたいな人がいたら……俺は競技を止めてはいなかったかも知れない。

 俺の目の前で楽しそうに走る高麗川を見て……俺は……そう思っていた。

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