第98話 付き合えば良いよ
「そうね、付き合っても良いよ」
いつもの喫茶店、いつもの放課後、テーブルの上に置かれた俺の手を握りながら笑う瑠、俺の目の前には天使がいた。
「る、瑠……」
「…………なーーんて私があっさりと言うと思ってるの? ばっかじゃない! 死ね!」
瑠は一転悪魔の形相に変わるとテーブルの下で俺の足を思いっきり蹴っ飛ばし、そしてテーブルの上で握っていた俺の手から指を二本持つと反対方向に捻り上げる。
「痛った、いででででででで!」
「うーーん暴力陰陽師のようには折れないなあ」
「折るな! 俺は吸血鬼じゃねえ、簡単には治らねえ」
「吸血鬼ではないけど鬼ではあるよね? ね!」
高麗川は大丈夫って言ってたのに……話が違っていた……まあ、これが当たり前の反応なんだけど……。
「ご、ごめん」
「好きって言ったのに、付き合おうっていってくれたのに、キスまでしたのにいいいいい、うええええええええええええん」
「ごめんて、べ、別に嫌いになったとか別れるとかじゃなくて」
「なくて何よ!」
「だ、だから……俺達まだお互いの事、よくわかっていないっていうか」
「だーーかーーらーー何よ!」
「いででででででで、とりあえず瑠さん、指折りを止めて貰えます?」
鬼の形相の瑠は指から手を離すと俺を睨みつけ、そしてため息をついた。
「そんな相手に付き合おうなんて言って、しかもキスまでして、本当最低、ああ、やっぱり男って最低」
ようやく折るのを諦めた瑠は、背もたれに寄りかかり手をヒラヒラさせ俺から顔を反らす。なんかこの光景って春に見た気がする。
ギャルゲーだと好感度が完全に初期値に戻ってしまった時の状態だ。
「まあ……ですよね」
「しかし……こまちゃんには困ったもんだねえ」
「……ははは」
「うう、うっさい、こまちゃんは……可愛いもんねえ、私と……違って」
「そんな事は……ないよ……瑠は……可愛い」
「……ありがと、しかし、あんな可愛い顔して、やっぱりこまちゃんは魔王だったか、このまま引き下がるとは思ってなかったけど、見事に瞬を取り込んだか……」
「いや、取り込まれたわけじゃ……」
「──いいわよ」
瑠は一瞬考え、身体をテーブルに寄せると、両手を組み口元に寄せる。
某司令官スタイルで俺を睨むと、真顔でそう言った。
「え?」
「私とは別れないんでしょ? なら……いいわよ」
「良いのか?」
「そういう約束だもん……こまちゃんと私の……」
「瑠……」
「でもね、ちゃんと私を見て……こまちゃんも見て、そして判断して……」
瑠は笑顔を見せつける……でもそれは俺でもわかる精一杯の作り笑顔。
彼女を傷付けている……わかっていた事なのに……俺は最低だ。
「…………俺さ……まだまだ瑠の事知らない……だからこんな気持ちになっているんだと思う……ついつい彼女が出来た喜びで舞い上がってた、でも、瑠は違うんだよな、瑠は俺との将来をちゃんと考えてくれてるんだよな」
瑠は俺を信頼してくれて……ずっと先まで……一生俺とって考えてくれてるんだよな?
「うーーーーん、だからね、私も改めてそう言われると、そうなんだよねって思うの、だから瞬の気持ちもわかる」
「え? そうなんだ……」
そうなの? 少し拍子抜けの返しに俺は戸惑う。
「覚悟って言われるとねえ……まあ、システムってそうなんだよね……確かに今のあんたの子供を産めって言われれば考えちゃうよねえ、あはははは」
また作り笑い……でも……さっきとは違いわざとわかるようにしている作り笑い……。
「……ほんとすみません……」
先週だったら? とは聞けない。
「こまちゃんの気持ちもわかる……でも……私の気持ちも……わかって欲しいよね」
「うん……」
「あとさ、これってつまりは私も別の男の子と付き合っても良いって事だよね?」
「え!」
「だってそうでしょ?」
「あ、ああ、……そ、う……だよな」
全く考えていなかった……俺はそう言う事を言ってるんだ。
「なーーんて、まあ、出来ないんだけどね」
「え?」
「ずるいよね、瞬は……別に女の子が嫌いってわけじゃないから……」
悲しそうな表情で、そしてふて腐れながら話す瑠、そう瑠がシステムを使った一番の理由……それは男性不信……。
昔好きだった男に裏切られた瑠のトラウマ……俺と付き合った今でも、まだ治っては……いない。
「そか」
「うーーーーーーーーわ、ホッとしてる、さいてえええ! さいてえええ、さいってえええ!」
瑠は頭を抱えて顔を大きく左右に降った。
頭と同時に美しい髪がサラサラと揺れ動く、こんな状況なのに……今や俺の中で瑠は何をしても綺麗で美しいと思ってしまう。
「……ごめんて、だよな、これって同等じゃないよな……やっぱり高麗川とは」
「……良いよ、とりあえずは友達として……なんでしょ? もしそれで貴方の気が変わるなら、この先ずっと一緒にはいられない」
「…………うん」
「瞬に後悔して欲しくない……そして私も後悔したくない……」
「うん」
「それに……まだ私は……怖いんだよね……瞬の事……やっぱり男の人は……」
瑠は俺の手を再び握った。
瑠の手から微かに震えが伝わる。
「まだ全部を貴方に晒け出せない……私の全てを貴方に委ねる事は……まだ……出来ない……」
「瑠……」
「あははは、本当に信用してないのは……私の方かもね……システムが密室で二人きりにさせないようにしている事に……私はどこかで少しホッとしている……瞬とキス以上の事……したいって気持ちと、怖いって気持ちが私の中でせめぎあっている……恋人なのに……駄目だね私」
「そんな事ない!」
「ううん、だから……私も……こまちゃんを利用する……貴方とこまちゃんが仲良くすれば、悔しいって気持ちになる……と、思う……そうすれば……」
瑠は俺の手をギュっと握った……震えながらもギュっと力強く握り続けた。
人の気持ちは揺れ動く……行ったり来たり、離れたり戻ったり。
俺の気持ちは今……どこにいるんだろうか?
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