第97話 揺らぐ心


 人の思い程儚い物は無い。

 恋い焦がれていたアイドルが起こしたスキャンダル、あれほど好きだった憧れだった気持ちが一瞬で覚めてしまう。


 初めて出会った時、可愛いなって思った気持ちが……その直ぐ後に発せられた、たった一言で、憎しみに変わる。


 人の心は揺らぎやすい、好きと嫌いは常に同居している。

 何十年も連れ添い重ねて来た夫婦でも、あっさりと離婚する。


 人の思いなんて、数秒後には変わる。


 だから皆不安になる……相手が自分をどう思っているのか?


 だから何かにすがる……それがマッチングシステムだ。


 二人の相性はAIに保証されている。


 俺と瑠も……。


 でも……俺の中でマッチングシステムの信頼が揺らいでいる。

 そしてそれは瑠への思い、そして……俺と瑠の信頼に繋がっている。


 あんなにも燃えていた気持ちが、瑠への思いが、高麗川のたった一言で揺らいでいる。


 俺はこのまま瑠と進んでしまって良いのだろうか?


 このまま……瑠と……共に歩んで良いのだろうか?


 決めてしまって……良いのだろうか?


 システムに絶大な信頼を置いている瑠、でもいつか俺と同じような疑問を持ったとしたら?

 いつか俺との相性を、仲を疑ったら? 


 いつか……気付いたら? それがマッチングシステムによって作られた気持ちっだって……そして自分の本当の気持ちに……気が付いてしまったら?


 そして……また去年みたいに憎しみに合う事になったら?


 このまま進めば進む程、その反動は大きくなる。


 結婚し子供ができた後にそんな事になったら……。


『私……気が付いたの、本当に好きって気持ちに……本当に好きな人に……』


 そう言って……瑠に捨てられたら……。


 今なら三日泣けば耐えられるだろう……多分。


「高麗川……」

 高麗川は俺に都合の良すぎる提案をしてきた……瑠と別れずに自分と付き合え……と。


 システムに半拘束状態の俺と瑠は現状直ぐに別れる事は出来ない。

 ただでさえ警告1が付いている状態、しかも二人きりで一定以上部屋に居たという判定。

 つまりは……イチャイチャしていて時間を忘れた……って事になっている。

 高校生ではあるまじき行為……って事で俺は停学に……。


 でも、マッチングシステムでは寧ろ歓迎と考えているのか? 二人の扱いが初期状態に戻る事は無かった。

 そんな俺達が現状別れる等と申請した日には、恐らく不純異性交遊として使用したと、判定される可能性がある。


 それは俺も瑠も将来に渡ってマッチングシステムを使用出来ない……いや、それどころか不正使用の疑いで家裁送りまで考えられる。


 そうなれば……マッチングシステムどころか、俺と瑠の今後に、将来に係わって来る。

 当然その情報は裏で拡散される。 マッチングシステムは国が行い、行政及び教育機関とも連携している。


 学校に提出した書類にも、そう書いてあった……だから俺は停学処分まで受けた。


 つまり形式上俺と瑠は春まで別れられない。


 春の更新……そこで更新するか? それとも別の人物とマッチング希望を出すか? それとも使用しないか……。


 そのいずれかの選択をしなければならない。


 だから厳密には高麗川が言っていた、俺と瑠の今後は、別に決定では無い……このまま付き合い続けても……結婚が決まるのはまだまだ先……だから…………ってついこの間迄……そう思っていた。


 だけど……僅か半年足らずで憎しみに合っていた二人が、仲良くデート、そしてキス迄する仲に進展してしまった。

 

 後半年……このまま……な、わけが無い……。


 今なら間に合う……まだ間に合う……これ以上進めば……俺は……。


 俺は高麗川を家まで送りった後、電車に乗らずゆっくりと家に向かって歩く。

 そしてふと立ち止まり空を見上げた。


 うっすら雲がかかる夜空、東の空低く雲の隙間から冬の星座として多分もっとも有名なオリオン座が見えていた。

 三つの連なる星の左上に一際輝く赤い星、ペテルギウスがはっきりと見えている

 

 ネットで見た記事によると、この星は明滅を繰り返しているとか。

 そしてこの間、いままでになく暗くなったとの事……しかし、今はまた元の明るさに戻ったそうだ。

 

 600光年先、光が揺らぐこの星は……すでに無くなっているかもしれない。

 そしてそれは目前に迫っているとも言われている。


 もうじき消えてしまうかも知れないペテルギウスはまだ俺の目にははっきりとく光って見えている。

 

 しかし……いつか消えてしまう……いつかは必ず消えてしまう。


 どの星でさえも……太陽も地球も、いつか消えて無くなってしまう。


 激しく燃える星程に寿命が短く、消えるのが早い。


 そんなペテルギウスの明るさの様に、俺の気持ちも揺れていた。

 

 星でさえ消えてしまうぐらいなのだから、人の気持ちなんて呆気ないのだろう。

 

 俺と瑠の気持ちも、思いも……いつか……消え去る時が……来る……。


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