第93話 ツートンカラーの足の色

「寝不足で、ちょっと体調が」…

 俺は楽しそうに話す瑠に向かってそう言うと。


「大丈夫!? 送ろうか?」

 瑠は心配そうな顔でテーブルに置かれた俺の手を握る。

 ……辛い……優しくされれば、される程に……。


「大丈夫大丈夫」

 俺は精一杯の笑顔を作って、瑠にそう言った。


「本当に?」


「あ、昨日ちと溜まったアニメを消化しすぎた」


「あはは、なーーんだ、それってあれかな? 面白かったって、ごめん眠いんだよね」


「あ、ああうん、ごめん……今度ゆっくり……」


 最低だな……俺……。


 そうして、喫茶店の前で瑠と別れた俺は、踵を返し学校へと戻った。


 早々に切り上げた理由は一つ、もう一度、高麗川に話を聞こうって思ったから……。


 早足で学校に戻り、校門をくぐる。

 登校時時とは違い校舎には向かわずそのままグラウンドへ足を向けた。


 吹奏楽部のトランペットが遠くから鳴り響いている。


 帰宅部の俺、放課後のこんな時間の学校にはあまり縁が無い、委員会もやっていない俺はこの独特の雰囲気が苦手だ。

 

 そして遠くから聞こえる掛け声、そんな体育会系の乗りも嫌いだ。


 運動部に近寄る事に嫌悪感さえ感じる。


 昔を思い出す……から。


 俺はあまり見ないように足早にサッカー部と野球部のグランドを横切り、陸上のトラックに到着する。


 運動部力を入れている我が高は、他の学校も借りに来る程に設備が整っている……らしい。


 そろそろ夕方、だいぶ日が傾き陸上のトラックには西日が差し込んでいた。


 今日はもう練習は終わりなのか? トラックには一人の姿しか見えなかった。

 

「高麗川も帰っちゃったか?」

 俺は目を細め、日差しの差す方向を見つめた。

 どんどん近付いてくるその人物は、こっちを見て俺に気付くと、手を振った。


「──入ってきていいよ~~」

 トラックを一人で走っていたのは高麗川だった。

 俺の前を軽やかに走りながら高麗川は笑顔で俺を見てそう言った。


 まあ、俺だってこの学校の生徒なのだから、お金は払っているわけで、入ってはいけない道理はない。

 ただ、俺と高麗川の関係を部活の奴等に色々と言われないか? それが心配で俺はキョロキョロと周囲を確認する。


「いないのか?」

 高麗川以外は誰もいない陸上競技場、何度か体育の授業で使った事はあったそこに、俺は恐る恐る足を踏み入れる。


 高麗川は俺をチラチラと見ながら、トラックをゆっくりと周回している。

 前にも見たが、素人の俺から見てもわかる程に綺麗な走り方だ。


 小さな身体から伸びる細長い足は、一歩一歩が大きい、しかし高麗川の頭は全くぶれない。

 滑るようにトラックを走る高麗川は再び俺の前を通過する。


「あと5周だから待っててくれ」

 高麗川の焼けた顔から汗が滴り落ちる。

 短い髪から、粒子のようにキラキラと細かい汗が舞う。


 そして、通過した後、高麗川の汗の香りがした。

 甘い香り、男の汗の臭いとは違う、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「格好いい……な」

 元々は俺も……挫折して落ちぶれた俺とは違い、高麗川は輝いていた。


 誰もいないトラックをひた走る高麗川に俺は釘付けになっていた。


「すげえな……」

 軽くとは言えないスピードで5周、2キロを難なく走り終えた高麗川は息も全く切らしていない。


「ん? ああ、クールダウンだからな」

 俺の目の前で軽くストレッチを始めながら高麗川はなんでもない顔でそう言い放つ。


「クールダウンに……2キロ?」


「いや、君が来る前に3000m走ってるから」


「5キロ……息も切らさずに」


「ジョギング程度だからな」


「……あれで?」

 俺の全力疾走と変わらん……。


「それで、どうしたんだい? 君が見に来るなんて珍しい事もあったもんだと思っていたんだけど」


「あ、ああ、えっと……この間途中になっていたから……」


「ん? ああ、でも、あれでほぼ話は終わったんだが」


「ほぼ……だろ? 後……俺からいくつか聞きたい事もあるし」


「……そうか……じゃあ、着替えて来るから待っててくれ」


「あ、ごめん、てか良いのか? ストレッチの途中じゃ」


「あははは、さすが元スポーツマンだな、でも最近だとストレッチはあまり長くやっても良くないんだよ」


「そうなのか?」


「まあ、君の競技とは違うから、それじゃパパッとやるから手伝ってくれ」


「ああ、すまん……てか、手伝う?」

 高麗川は俺に背中を向け、その場に座る。


「軽く押してくれ」


「あ、ああ」

 陸上のユニフォーム姿の高麗川、と言っても短距離のピチピチとした水着のような物ではない、それでも、生地とは言えない程に薄い素材のユニフォーに触れるとまるで肌に直接触れているような錯覚に陥る。

 

 俺の手のひらに高麗川の汗と体温をひしひしと感じる。

 高麗川は俺が軽く押すと、伸ばした足に鼻が着くくらいに楽々と身体を曲げる。

 全く押す意味の無いくらい、柔らかくしなやかな体前屈。

 

 数回行うと、今度は足を広げる。

 短パンからすらりと伸びる足、真っ黒に日焼けした高麗川の足、しかし足の付け根は白くそのツートンカラーが俺の目に飛び込んでくる。 俺は思わずその綺麗な足に目を奪われた。

 

 細く長く美しい高麗川の足、程々についている筋肉により、一層引き締まって見える。


 俺はドキドキする気持ちを抑え、高麗川の背中を何度か押した。


「うまいな」


「そうか?」


「うん、わかるよ」


「嘘だ」


「あははは、あ、でもああいう競技だとマッサージとかうまそうだよな」


「まあ、ストレッチとマッサージは一応親父に一通り叩き込まれたけどな」


「本当か? じゃあ今度マッサージして貰おうかな!」


「嫌だよ!」


「えーーケチ!」


 女の子に、高麗川にマッサージなんて……出来るわけ無いだろ!

 背中を押すだけで、背中に触るだけで、こんなにもドキドキしてしまうのに……。


 

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