第92話 本当にロリコンじゃないんだからね!


「え、えへへへ」


「ははは」


 いつもの喫茶店、いつもの席……目の前には俺の……多分愛する人。

 何も知らなければ……こんなに幸せな事は無かっただろう……。

 俺は、今この瞬間だけ……高麗川を呪った。


 杞憂であって欲しい、高麗川の勘違い、思い込みであって欲しい……。

 俺は心からそう願いつつ……真っ赤な顔でうつむく瑠を見つめる。


 瑠はうつむいたままそっと俺を見ると、更に顔を赤くして、益々下を向く。

 このまま行くと30分後にはテーブルの下に潜ってしまう。


「な、なんか……照れるな」

 俺はとりあえず話を始めるが、何を話していいのやらわからず現状の感想を述べた。


「うん……」


「……」


「……」


「……」


「……」

 静まりかえる空気……えっと……俺って、俺達って今まで何を話していたっけ?

 出会って1年半、マッチングされて半年、正式に付き合い始めてまだ数ヶ月、水着を着ていたとはいえ、一緒にお風呂にまで入った仲……なのに……たかがキスをしたくらいでお互いこんな状態になってしまうのか?


 俺は正面でうつ向く瑠を見つめる……俺に見つめられているのに気付いた瑠は、身体を縮こませ、さらに深くうつ向いた。

 いつものように美しい流れるような黒髪がパラリと顔を隠す……髪の隙間から長い睫毛がフルフルと揺れている。


 あのキスをした時と同じように……フルフルと揺れていた。

 いけない、このままじゃ俺は萌え死ぬ。


「あ、えっと……そういえばさ……俺……ちゃんと聞いてなかったと思うんだけどさ、る、瑠ってマッチングシステムじゃなきゃ駄目だって言ってたよね? あ、あれって、なんで?」

 あああ、もっとオブラートに包んで聞こうって思っていたのに、瑠のあまりの可愛さと、キスをした事の気まずさから、俺は何も考えられずに、ストレートに聞いてしまった。


「え!? 言ってなかった?」


「あ、いや、えっと、多分聞いてなかったような……」

 俺は自分の記憶の悪さと、ついこの間話したばかりなのに、1年以上経っている様な、なんだかよくわからない時間の流れを呪った。


「えっとね、まあ私が瞬に八つ当たりしていた理由は話したよね?」


「八つ当たりだったのね……中学の時に迫害された原因だっけ?」


「迫害迄はされてない!」

 瑠は顔を上げ頬を膨らまし俺を睨み付ける……やっべ、やっべマジで可愛すぎる。


「ごめんごめん、でも似たような事にはなったって奴だろ?」

 一応それくらいは覚えている。


「うん……まあさ……元々恋愛って苦手だし……ね」


「ああ、それは俺も激同」

 空想の世界ならばいくらでも恋愛するけど、実際に3次元の相手となると……中々に怖い物がある。


「あ、あの、あのね……こんな事突然聞いたら変に思う存分かも知れないけど……しゅ、瞬って……子供好き?」


「……へ!? いいいい、いや、す、好きじゃない!」


「え!」


「そそそそ、そんな趣味は、いや全く無いわけでは、でもそれは好きな作家が書いてるから敢えて、敢えて買ってるだけで、いや、当然見て興奮しないわけでは無いけど、それはあくまでも、絵柄が好きなだけで」

 俺がしどろもどろに説明していると、瑠は眉間に皺を寄せこめかみに手を当てていた。


「オタクキモーーイ」

 完全に棒読みである……瑠に声優の才能はないな。


「違う、俺はロリコンじゃない!」


「そんな事聞いてないから、なんか前にもこんなやり取りって、そうじゃなくて…………しょ、しょの……わ、私達の……子供……とかって……話で」


「……え?」


「あ、あのね……あくまでも参考っていうか、ほらよくアニメとかで付き合い始めた二人が将来子供何人欲しい? えーー野球チームやサッカーチームが作れるくらい、そ、そんなに? 身体持たない~~的な事聞くじゃない、ああいう乗りで……聞いてみたりなんかしたりして……」


「あ……」

 子供……俺達の……それって……。

 さっきまでの嬉しい楽しい大好きな気持ちから一転、俺の背筋に冷たい物が走った。


「ん? どうしたの!?」

 

「い、いや……えっと…………アメフトチームくらい?」

 俺はなんとか平常心を装い、笑顔でそう言った。


「アメフトチーム? それって何人?」


「11人……」


「サッカーと一緒?」


「いや……通常先守交代で丸々入れ替わるから倍の22人」


「に! ってやだもう冗談ばっかり!」


「あ、あはは……」


「あのね、その……なんでそんな事を聞いたかって言うと、システム……で、じ、実は……おば……ちゃん…………で、……だから……孫……」


 子供……俺との……思っていた事が現実に……マッチングシステムの最終目的は少子化の解消……やはり高麗川の言っていた通りに進んでいるって事。

 瑠が何かを喋っているみたいだけど……でも俺の耳には入って来ない……頭の中で高麗川の言葉が、『誘導』という文字がぐるぐると渦巻いている。

 俺達はやっぱり……惑わされていたのか?


「……ね……ねえ、ねえってば? 聞いてる?!」


「あ……、ああ、うん……そう……なんだ」


「どうかした?」


「い、いや……なんでも」


「で、でね……その……やっぱり、なんとかしないとね」


「え? 何が?」

 なんとかって……子供を?!


「ああ、もう、だーーかーーらーー二人きりに……なりたいよね……って」


「あ、ああ……そうだよね」

 でも、それも……。


「でもねえ、親がいる中で……き……イチャイチャするのって……中々無理だよねえ……なんか良い方法無いのかなあ」


「イチャイチャっ……イチャイチャね……」

 積極的的なオタク娘って、萌えるシチュエーションなのだが……今はそんな事を考える余裕が無かった。


「もう……どうしたの? なんか上の空って感じだけど」


「ああ、ごめん」


「平気? 具合悪い?」


「いや……大丈夫……」


「そ? それでさ、来週さあ……映画でね」

 瑠はいつの間にかすっかりいつもの調子に戻っていた。

 でも……俺は…………。


 高麗川……お前が言ってた事は……やっぱり……本当なのか?

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