第90話 疑惑
高麗川との話し合いは昼休みという時間制限によりタイムアップとなった。
「……よく……考えて……欲しい」
涙を袖で拭った高麗川は精一杯の笑顔で俺を見つめた。
その笑顔に俺は心が痛んだ。俺の為に自ら傷ついてくれる高麗川の涙に、キリキリと心臓に締め付けられる様な痛みが走った。
「顔を洗ってくるから先に行ってくれ」
「あ、ああごめん」
瑠に対して気を使っているのだろうか? 高麗川とは別々に教室に戻る。
教室に入ると、すでに席に着いていた瑠は俺を心配そうに見つめるが、直ぐに思い出したように顔を赤らめ、またもや視線を反らした。
朝からこんな調子で、今日は何も話せていない。
多分キスした事により照れているのだろう、かくいう俺も昼休み迄は同じ調子だった。
高麗川と話さなかったら……そんな瑠に俺は萌え苦しんでいただろう。
でも、今は……。
授業が始まるも、内容が全く頭に入らない。
静まり返る教室、気難しい数学教師が、カツカツと黒板に叩きつける様に書く音と、消される前に必死にノートに書き込むシャーペンの音だけが響いている。
しかしそんな音を書き消すように、さっきの高麗川の声が俺の頭の中で木霊していた。
『君達は誘導されているだけ』
システムのプログラムによって俺達は管理され付き合う事を強制されている。
そして……その最終目的は…………高麗川はそう言った。
確かに俺と瑠は、憎しみ合っていた。
顔を合わせればイライラとして毎日のように言い争っていた……俺はそんな瑠が嫌いだった。
それが……今は……。
でも……この気持ちが、本当に自分の、自分だけの気持ちなのかと問われ……俺は「そうだ」って即答出来なかった。
システムがなかったら……俺は今でも瑠と憎しみ合っていた……それは確信出来る。
一体どっちなんだろうか……そして俺は何を信じればいいか戸惑っていた。
高麗川の言葉……瑠の言葉、自分の気持ち、瑠の気持ち。
いつの間にか授業は終わり放課後に、俺は一目散に席を立ち、教室を出た。
俺と同時に教室を出た高麗川は俺を一瞬見ると、少し悲しそうな顔で笑いながらバイバイと手を振り部室棟の方に向かって歩いて行く。
教室では友達と話す瑠が一瞬俺を見てはにかんだ。俺は軽く手を上げ教室を後にする。
瑠には悪いが……少し考える時間が欲しかった。
いや、考えると言っても……瑠と別れるとかそういう事ではない。
マッチングシステムに関して……少し考えさせて欲しかった。
さっきの高麗川の話は国家機密級の内容だ。いくらシステムに絡んでいた人物が身内だとはいえ、全てを知っているわけではない筈、どこかに高麗川自身の思い込みがあってもおかしくない。
とはいえ……少子化対策から推測するに、高麗川の話の辻褄は合っている。
そもそも……システムって……このマッチングシステムって……一体なんなんだ?
国家存亡の危機、少子化対策の切り札。
そんな、ありきたりなうたい文句だけの為にとんでもない予算をかけるだろうか?
当然失敗は許されない、確実に成果を上げなくてはならない。
マッチング成功率90%以上……言葉のマジックと高麗川は言っていた。
だけど、成功率が高いのは間違いないのだろう……じゃあなぜ高校生にまで範囲を広げる必要があるのか?
『高校生はちょろいんだよ』
「ちょろい……」
確かにそうかも知れない、現に俺はお昼休み迄はウキウキウォッチングモードになっていたのだから。
俺は通学路、周囲を気にする事なく立ち止まると空を見上げた。
風が涼しい……空気が冷たく感じる。
秋風がそよぐ、そしてそろそろ冬が始まる……。
俺は瑠の事が好きだ。 それは紛れもない事実。
でも……高麗川の事も気になっている……。
浮気心とかではない、人間として好きだって事なのだけど。
そして……瑠はどう思っているのだろうか? なぜ俺と付き合っているのだろうか?
俺のどこを好きになってくれたのだろうか?
いや、本当に俺の事を好きなんだろうか?
瑠は言っていた……このシステムじゃなきゃ駄目なのって……。
なぜシステムじゃなきゃ駄目なのか?
「そう……か」
瑠も俺も別の人物とマッチングされていたら……どうなっていたのだろうか?
多分高麗川の言いたい事は……そういう事なのだろう。
やっぱり……誘導されているのだろうか……俺達は……。
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