第89話 誘導


「でででで、出来るわけないだろ!」

 目を瞑る高麗川、俺が本気でするわけないって思ってるのか? それとも……。

 とにかく俺は今、瑠と付き合ってるんだ、そんな事出来る筈がない。


「なぜ?」

 目を瞑ったまま高麗川はそう言った。


「何故って……俺は瑠と付き合ってるんだから」


「……付き合ってる……ふん」

 高麗川はそう言うと目を見開き鼻で笑った。


「え?」


「システムで選ばれて、なんとなく付き合ってるだけじゃ無いのか? 君たちは」


「そんなわけ」


「じゃあ去年まで、いや2年になったばかりの時、君は彼女の事をどう思っていたんだ?」


「え?」


「嫌いだったろ?」


「そ、それは」


「それが今は付き合ってる? キスまでした? あははは、まんまと嵌められてるじゃないか」


「嵌められてる?」


「そうさ、マッチングシステムの目的はなんだか知ってるだろ?」


「目的?」


「マッチングシステムの目的は……少子化対策だよ」


「あ、ああ、それは知ってる」


「知ってるって、それがどういう事かわかってるのか?」


「どういう事?」


「わかって無いならはっきり言ってやるよ、君たちは国に管理されながら、子供を作る事を強要されているって事だよ」


「は?」


「そう言うプログラムなのさ」


「そういうって……」


「高校生はちょろいよな、やりたい盛りなんだから」

 

「いや、そんな言い方」


「そうじゃないのか? 君は揺らいだだろ? 僕にキスを迫られて」

 高麗川は俺をじっと見つめた、長い睫毛大きな瞳、その瞳に俺が映っている。

 その瞳で俺を見ている。まるで俺の心の中を深く深く読むように。


「そんな事……いや、そりゃ……少しは……高麗川は可愛いし誰だって」


「……くっ……」

 俺がそう言うと高麗川の顔が突然真っ赤になる。


「……」


「このタイミングで、卑怯だぞ」


「卑怯って、いや、今はそんな事は場合では……と、とりあえず……話を戻すけど、ちょろいって言ったよな? でも、システムの高校生バージョンは二人きりになる事が出来ないんだぞ?」

 

「……ふう……ちょっと待ってくれ、一旦落ち着く」

 精神統一なのか、そう言えば試合でスタートの時にやっていた目を瞑り首を締めるように両手を添える仕草をする高麗川。

 赤くなっていた顔がみるみる元に戻っていく。

 いわゆるルーチンって奴か? さすが運動部と言わざるを得ない。

 元通りの顔色、表情に戻すと再び目を開け俺を見つめる。


「えっと……二人きりになれない様に設定している理由だよな……はは、簡単さ、高校生、学生なのだから国がそんな事大っぴらに認めるわけにはいかない、でもね、それも奴等の作戦なのさ」


「作戦?」


「そうさ……どんどん行けって言われるとかえって行けないものさ、ある程度枷を与える方がお互いに燃え上がる」


「枷……」


「そしてね……いざそう言う事になった場合……当然色々と考えて、そして準備をしちゃうだろ」


「準備?」


「その……だーかーらー、ちゃんとした場所だと、その用意したりしちゃうだろって言ってるの」


「用意? 用意って何の用意だよ?」


「……ううう、セクハラ」


「いや、何でだよ?!」


「決まってるだろ!」


「決まってる?」


「その……ラ……テルとかに置いてあるし、男の子の家とかだと枕の下に忍ばせたり……財布に入れておいたり」


「……枕? 財布? …………ああ! コン」


「ああ! じゃない! 言わなくていい! つまり、表向きはそこまでチェックしてます、止めましたって事、でも止められ盛り上がった男女は……ああ、もう全部言わせる気か?!」


「ば! そんな、事……え? いや……あ」


「何の想像をしてるか直ぐにわかるな……とにかくそういう事だよ、今まさに君はキスの次の事を考えているだろ?!」


「そ、それは……」


「まあいいさ、男の子は皆そうだから、でも……だから、敢えて聞く、君は瑠のどこが好きで付き合うって決めたんだい?」


「どこって」


「前にも言った、君たちはついこの間まで憎しみあっていたのではないか? システムにマッチングされただけで、全てを帳消しにしてしまったのか?」


「そ、それは……」


「顔かい? スタイルかい? オタクだからかい?」


「そんな……」

 

「僕は……僕は君の事が好きだ、君は僕のヒーローなんだ……そんな君が……心の底から瑠が好きで付き合ってるなら……僕は君を諦める……でも……でも、システムに誘導されて……システムに翻弄されて……それで瑠と付き合っているなら……別れて欲しい……そんなの君に為に、いや、君達の為にならない」


「誘導……」


「もう一度聞く! 君は本当に瑠の事が好きなのか? システムに翻弄されたわけじゃない、誘導されたわけじゃない、心の底から好きだって……言えるのかい!」

 高麗川の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。

 高麗川の思いが、愛情が……俺の中にどんどんと入り込んでくる。


 高麗川に、そう言われ、そう聞かれて……俺は……違うと……誘導されたわけじゃないって、心の底から瑠が好きだって……言えなかった。

 

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